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「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

【本誌独占インタビュー+緊急寄稿】松本怜、レイチェリスタへのメッセージ -だから松本怜は帰ってくる



松本怜、期限付き移籍-マリノス愛とともに武者修行へ-

横浜マリノス株式会社の仕事始めとなった1月7日、松本怜(24)がJ1・大分トリニータへ期限付き移籍することが発表された。期間は2013シーズン終了までの1年間となる。

松本怜がマリノスに入団したのは2010シーズンのこと。早稲田大学からの加入で、偉大な先輩の背中を追いかけてのプロ入りであった。同じ早稲田大からは2008年に兵藤慎剛が、2009年には渡邉千真が加入し、彼らは目に見える数字を残してきた。兵藤はルーキーイヤーからリーグ戦28試合に出場すると、その後も確固たる地位を築き、2011年にはシーズンフルタイム出場を達成。2012年もチームでただ一人の全試合先発を記録した。渡邉は2009年に13得点を挙げて新人王を獲得。2年目以降は起用法に悩まされる時期も長かったが、ゴールという結果を出せる稀有な人材として愛された。FC東京に移籍したいまもなお、渡邉の得点能力は多方面から高い評価を受けている。

対して松本怜の3年間は結果と縁遠かった。1年目の2010年こそスタメン出場を含む計5試合に出場したが、2年目はわずか1試合の途中出場にとどまった。出場機会に恵まれない松本怜は夏の移籍ウインドーが開いている時期に移籍も視野に入れていた。実際、J2のジェフユナイテッド千葉が強く興味を示し、本人も環境を変えることに前向きだった。だが、マリノスは松本怜を必要と判断し、手放さなかった。そのままオフに迎えると起用法で折り合いがつかなかった木村和司監督が解任されたこともあり、松本怜は残留を決意して2012シーズンを迎えている。

そのシーズンは在籍3年間で最多となるリーグ戦13試合に出場。シーズン序盤と途中の2回の時期はスーパーサブとして重宝されていた。しかしながら開幕戦の柏レイソル戦で自分からの折り返しを大黒将志が決めた得点が“ノーゴール”と判定されるなど、運からも見放された印象は強い。天皇杯2回戦のYSCC戦でプロ初得点を決めたとはいえ、結局プロ相手にゴールを決めることはできなかった。シーズン途中からは全体練習終了後のシュート練習を日課とするなど目的意識を持って取り組んだのだが、残念ながら結果を出せなかった。

そんな松本怜に興味を抱いたのがJ1昇格を決めた大分トリニータである。田坂和昭監督の下、ハードワークを基調としたスタイルで限られた予算ながら結果を出した好チームと言えるだろう。J1で再び旋風を巻き起こすことを狙う大分は松本怜を[3-5-2]の両ウイングバックで考えているようだ。2012シーズンに右サイドの主力を担っていた三平和司は京都サンガへ、左サイドで起用されていた石神直哉は東京ヴェルディへそれぞれ籍を移した。層の薄くなった同ポジションで、松本怜がスタメン起用される可能性も十分にあるだろう。

今回こうして出場機会を得て成長するために期限付き移籍を決意した松本怜の根底には“マリノス愛”がある。彼は入団以来ことあるごとに「オレはマリノスが好きなんですよ。だからマリノスで結果を出したい」と繰り返していた。こうして『マリノスを好き』とシンプルに言葉に出せる選手は、ほかには栗原勇蔵くらいではないだろうか。だから今回の期限付き移籍についても松本怜は長い時間悩んだ。最後はプロとして、個人事業主として決断したが、マリノスを離れることに寂しさを覚えていたことも強調しておきたい。

だから松本怜は帰ってくる。今回の期限付き移籍は2013シーズン終了までだが、松本怜はマリノスとの契約を延長しており、2014シーズン終了時までマリノスの保有選手となった。齋藤学が愛媛FCへの武者修行を経て、大きく成長してマリノスに帰ってきたのは記憶に新しいところだろう。唯一、残念なのは契約上の縛りで松本怜がマリノス戦に出場できないことだが、これはサガン鳥栖に期限付き移籍させた水沼宏太に決勝点を決められた反省を生かしての判断ならば仕方がない。

武者修行に出る松本怜は言った。「この1年で終わりくらいの気持ちで戦って

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