「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

「いろいろなことを試した上で勝てたのは大きい」(中村) J第1節湘南戦[4-2] レビュー(藤井雅彦)

 

 

 

湘南ベルマーレは統制のとれたチームだった。左MFで先発したが、前半まったくといっていいほど存在感のなかった兵藤慎剛はこう語る。

「相手は後ろにスペースを空けて中盤をコンパクトにするやり方だった。それで少し下がった状態からしっかりプレッシャーをかけるチームだった。ウチはビルドアップがうまくできなくて難しいゲームになった」

マリノスが最も不得手とするタイプの相手かもしれない。昨今、引かれた相手をどう崩すかが日本サッカーの課題という論調を多く目にするが、引いた相手を崩すのは単純に難しいのだ。むしろマリノスにはセットプレーという唯一無二の武器があるだけに、引かれた相手から得点を奪う術は長けている。それよりもコンパクトな陣形からプレッシャーをかけてくる相手のほうに拒否反応を示す。最終ラインからのビルドアップが非常に困難となり、ボールが一向に前へ進まない。ボールが後ろへ下がるばかりで、そのうちにミスが発生し、ふとした瞬間にカウンターを食らっている。

後方部隊だけの責任とも言い切れないのは、前線の選手が相手最終ラインの背後にあるスペースを狙う意識が稀薄すぎるからである。とはいえ前出の兵藤や端戸仁、あるいは中村俊輔に長い距離をランニングし続けろというのも酷な話である。いずれも足元でボールを受けたいタイプの選手で、スペースランニングが得意な選手ではない。齋藤学を負傷で欠く緊急事態もあり、開幕前の貴重な時間を裏へ動き出せる藤田祥史へのテストに割いたというわけである。

結果的に藤田をテストしていたことは後半途中以降に生きるわけだが、前半の時点では完全に相手の術中にハマっていた。中村の「入っちゃったんだもん」という狙っていないFKが幸運な形でゴールネットを揺らしても流れは変わることなく、むしろ得点直後の失点という最悪の事態へと発展した。

後半に入ると、マリノスは昨季以前からの悪癖をのぞかせて失点を喫する。不用意なボールロストからの被カウンターで、こういったケースではきまってゴール前に抜群の存在感を誇る中澤佑二がサイドに吊り出される。湘南戦ではドゥトラがマイボールを失い、そのまま背後をキリノに突かれた。当然、中澤がカバーリングに走るが、マリノスの守備には次がない。つまり中澤のカバーリングがない。それは本来は栗原勇蔵の役割で、中澤との距離を多少なりとも詰めなければいけなかった。おそらく「今後も狙われるケースは出てくる」(中澤)。見た目はドゥトラと中澤の個と連係の問題ではあるが、全体のバランスや距離感を無視するわけにはいかない。

キリノに決められた時点でスコアは1-2。曹貴裁監督は飛び跳ねて喜びを爆発させ、体温が上がったのかベンチコートを脱ぎ捨ててしまった。この日、湘南が最も勝ち点3に近づいた瞬間で、誰もが予想しえない展開となる。キリノの得点直後の63分にはこれまた中澤がゴール前から吊り出される格好で、湘南の右サイドの古林将太のクロスに途中出場の武富孝介が頭で合わせてゴールネットを揺らす。マリノスはオフサイドの判定に救われただけで、狙って取ったオフサイドではなかった。

そんな中でも「慌てなかった」(中村)ことは大きい。失点後、樋口靖洋監督はすぐさま藤田を投入し、あらかじめ想定していたかのように2トップに変更。さらに中村をボランチに下げる攻撃的な布陣へ変更した。実際に流れを変えたのは途中出場の藤田であり、齋藤学だった。藤田は出場直後の66分に相手ディフェンスラインの背後を突き、左足ダイレクトでゴールを狙う。齋藤は67分に左サイドを突破し、良い位置でファウルを誘う。いずれも出場してすぐに持ち味を発揮したことでチームの勢いが増した。

同点となったマルキーニョスのシュートの場面。もちろん得点者のトラップ&シュートは落ち着いており、Jリーグ最強クラスの助っ人である証明だった。ただ少し時間を巻き戻すと、ハイボールをしっかりと収めてサイドに展開したのはポストプレーが決して得意ではない藤田で、サイドからゴール前の戦況を見極めてラストパスを送ったのは齋藤。そのボールに対して中央へ走り込んでDFの注意を引きつけたのは藤田だった。こういった周囲のサポートや働きかけがあったからこそ、ゴール前で構えるマルキーニョスの得点力が生きた。

こうして息を吹き返したマリノスに、遅まきながら持ち前の守備力が戻ってきた。ゴール前での耐久力ではなく、ことごとくセカンドボールを拾うという守りである。逆転ゴールとなった齋藤の得点は、右サイドで藤田とマルキーニョスがプレッシャーをかけたことがきっかけで、相手のクリアボールを拾い、しっかり横へつなぎ、中村が相手守備陣を引きつけて齋藤へ。齋藤はマルキーニョスへのパスを選択し、そこでこぼれたボールを自ら拾ってフィニッシュへ持ち込む。齋藤の個人技が光っただけではなく、チームディフェンスから手数をかけないフィニッシュを具現化したシーンなのだ。

「ゲーム内容を90分通して考えると、狙いどおりのサッカーをできた時間帯はあまりなかった。特にボールの奪いどころがいつもなら奪えていただろうというシチュエーションで取れていなかった。それがウチがリズムを作れなかった要因」

それでも齋藤と藤田を投入して以降の終盤の時間帯は自分たちのサッカーができていた。そして得点経過が示すとおり湘南を圧倒した。前半は相手に勢いがあるあまり受けに回ってしまったのは反省材料だが、90分間思い通りにゲームが進むわけではない。したがって前半から圧倒する展開を求めるのではなく、辛抱強く失点しないことを心がける必要がある。「次も4点取れる保証はない」(中澤)からだ。

序盤の反省と、終盤に得た手ごたえとともに次のステージへ進む。完璧には程遠くても、決して悪くないゲームだった。これだけいろいろなことが起きる開幕戦も珍しい。「いろいろなことを試した上で勝てたのは大きい」(中村)。その価値は34試合のうちの1試合を勝利しただけではない。

 

 

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