「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

背番号10でも主将でもなくプロサッカー選手として決断した、孤独な主将 …齋藤学は、なぜ移籍を選んだのか [齋藤学の川崎フロンターレ完全移籍]

 

 

齋藤学は、なぜ川崎フロンターレを選んだのか。

12月、齋藤は悩んでいた。考えていた。サッカー選手として成長するために、どうすべきかを。

契約更改交渉でクラブへの不信感を露わにした。以前も引用した「新監督が決まっていないので判断するのは難しい。来季のイメージを持ちづらい交渉だった」という言葉は、とても的を射ている。その後、アンジェ・ポステコグルー新監督の就任が発表されたが、対齋藤という観点では後の祭りだった。

もっとも齋藤が表情を曇らせたのは、もちろん監督決定の遅さだけが理由ではない。彼の念頭にあるのは「ロシアワールドカップに出場したい思いがある中で、自分が成長するためにどうすればいいか」。9月に大けがを負ったことで、それが非常に難しくなったのは客観的な事実だろう。ゆえに安住の地にとどまっている余裕が、さらになくなったという見方もできる。

 

 

齋藤には、マリノスが強くなっていく道筋が明確に見えなかった。そして、そのチームの一員であることの伸びしろに疑問を抱いた。なりゆきに任せる年齢ではなく、ワールドカップや海外移籍を視野に入れるのであれば、27歳という年齢は若くないどころか、ハンディキャップになってもおかしくない。ずっと同じ場所で過ごすことが成長への近道なのか、心のどこかで懐疑的になっていった。

昨季は海外移籍を希望しながらも叶わず、残留して戦うと決めた。自身にハードルを課す意味で背番号10を希望し、主将という重責も引き受ける。それがどれだけのプレッシャーだったのか、本当のところは本人にしか分からない。ただ、正義感が人一倍強い齋藤は、すべてを背負う道を自然と選んでしまう。

 

 

 

 

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