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松沢呉一のビバノン・ライフ

唯一の婦人職業だった髪結い—女言葉の一世紀 24-(松沢呉一) -2,154文字-

 

髪結いが儲かったことを示す数字

 

vivanon_sentence女の職業をさまざま紹介している日本職業調査会編『女が自活するには』(大正十二年)は、「女髪結は昔からあった唯一の婦人職業と云ってもいい位のもの」と評しております。

ざわざ「女髪結」としているように、女だけができる職業だったわけではないし、女の職業が他になかったわけではないのですが、男と遜色なく活躍でき、むしろ女であることが好まれ、なおかつ一般の男以上に儲かる珍しい職業だったのです。

この本によると、トップクラスの髪結いは月に二、三千円稼ぐ。そこまで稼ぐのはほんの一部だとしても、月に百円以上は稼げたとのこと。これはものすごい金額です。

この本には他の職業の収入も出ていますが、高等女学校を出て会社員や銀行員になっても初任給は月三十円から四十円程度ですから、髪結いは初任給の数倍になりました。今で言えば年収一千万円を超えるってことでしょう。人によっては億に達する。

当時、花形職業とされたデパートガールのうち、女としての最高の役職である売り場監督でも月に七十円となっています。同じく花形職業だったタイピストも初任給は三十円程度、昇給して六十円から七十円ということなので、デパートガールと同じようなもの。

工員だと日給四十円から八十円。休みなく働いて、最大月に二十四円にしかなりません。しかも、労働時間が長い。

昔は髪結いも娼妓や芸妓と同様に年期があって、三年から五年は修業期間です。しかし、学校ができて、年期は不要に。とは言え。今と同じですぐに開業できるわけもなく、結局はどこぞの師匠について客を確保してから独立だったのだろうと思われます。

髪結いは自宅でできるわけですが、薄汚い家では客も寄り付かず、造作に金がかかります。今の美容院ほどではないのだし、それ以外には経費はあまりかからず、ほとんど売り上げは手元に残ります。女が男並みに稼げる仕事が少なかった時代には異例中の異例。

 

髪結の女とその亭主

 

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落語にも出てくる「髪結いの亭主」は、髪結いが金を持っていることを前提とした言葉であり、そのことが広く知られていたことを示しますが、ここまで儲かる仕事だったことまでは今の時代にはあまり理解されていないかもしれない。

その結果、髪結いの妻は強かったのであります。

以下は石角春洋著『穴さがし五分間応接』(大正八年)から、髪結いの女房が亭主を叱る言葉。

 

「お前さん、克(よ)く聞くんですよ、昔時と異(ちが)ひ今日は物質の世の中ですから、男女の差別なく多く金を儲ける者が、権利があるんですよ。お前さんの様に私の働きの半分しか出来ない人が夫だの亭主だのと威張る奴があるものですか、お前さんが夫だの亭主だのと云って尊敬されたくば先づお前さんが今の十倍程の働きをして、私を奥様らしく取扱って、初めて夫権だの、御亭主様だのと云はれる様になるのですよ、お前さんの様に私が働かなければ乾燥(ひからび)てしまはなければならない。意気地のない者が理屈なんか云ふとは、余りに虫がよすぎる話です、意気地ですよ、全体お前さんの様な意気地なしの夫を持って居るのは女の恥ぢですよ、本来なれば私なんか立派な夫を持つべき筈なんだか(ママ)、どうしたはづみかお前さんの様な低能の者を夫婦になる様になったのですよ、私は之が悪縁と断念(あきら)めて居るものの理屈なんか云はれると、真から嫌になってしまいますわ、私は何日も出やう出やうと思って居るものの私が出て行けばお前さんが乾燥になて困るだらうと思へば、一日でも夫婦になった人情として出ること出来ないのですよ、それにお前さんの様に身の程を知らず、づうづうしく理屈なんか列べるとは余りに図太過ぎます、以後慎みなさい」

 

言葉遣いは丁寧ですが、夫の存在を地の底まで落としています。「全体お前さんの様な意気地なしの夫を持って居るのは女の恥ぢ」「お前さんの様な低能」…。

嫌になってしまいますわ」は女言葉の「-わ」ではなく、男も使う「-わ」ですかね。

すでに世間一般では、妻は夫にかしずくのが理想とされている中で、髪結いの強さは、あたかも患者を床に寝かせて、自分はベッドに寝る看護師を思わせます。

 

 

図版は1%の需要に応えた看護師フリー写真素材サイトより

 

 

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