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川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】短編小説「#きみをいざなうあの場所へ」(1)【孤独の暁と無花果の蕾】水戸サポーターを主人公にした短編小説です

短編小説「きみをいざなうあの場所へ 」(1)【孤独の暁と無花果の蕾】水戸サポーターを主人公にした短編小説です

「きみをいざなうあの場所へ」(1)

ホームスタジアムに行くのは久しぶりだった。

木川田源一は1年近く贔屓(ひいき)チームのスタジアム観戦を控えていた。

「明日の試合はスタジアムに来ますよね。会うのを楽しみにしています」

携帯電話のショートメールにサポーター仲間のメッセージが入っていた。

ホームスタジアムの試合に行くのは、いつ以来だろうか。2018年3月17日のレノファ山口FC戦以来だった。山口戦以降5月6日の徳島ヴォルティス戦まで、ホーム5試合とアウェイ4試合の合計9試合をチームは1勝2分け6敗で終えている。

その年は開幕ダッシュに成功して4連勝を記録した。新聞やWebニュースサイトでも大きく取り上げられる。

連勝中は、この流れはいつまでも続かないだろうが、それでも2017シーズンよりは期待できそうな予感をもたせた。そう誰もが思ったに違いない。しかし、思ったようには物事は進んでいかない。サッカーは人生と同じで、良いことばかりは続かない。考えていたよりも、チームの転げ落ちていく速度は増しているように感じられたものだった。

木川田は、霞が関にある郵便会社の本社勤務であった。本社の辞令で、出向社員として千葉県の市内にある郵便局の総務部にいる。数年すれば、いったん本社に戻ることになるだろう。その先は、本社のどこかの部に配属になるのか、それとも都内近辺の支社に再び出向するのか。それは、誰もわからないことだった。

祝日でも出社させられる会社に対して、妻に嫌みを言われたことがある。

「ブラック企業と変わらないね」

ゴールデンウィークであっても、お構いないしにシフトに組み入れられていた。

「源一さんは、課長代理だよね。なんとか調整できないの?」

と、娘のピアノ発表会に行けなかったことを、しつこく妻に言われたことがあった。

「もう少し早く分かっていたら、なんとかなったんだよな」

そう答えるのが精いっぱいだった。

急な不幸とか特別な事情がない限り、平常時に誰かとシフトを変わってもらうことは難しい。なぜなら木川田が勤務する郵便局自体、正社員の数が少なく非雇用社員で固められている。だから、課長代理の木川田と同じような仕事をこなせる人材がいない。それならば、いっそのこと有給を出して休みをもらう手段があったのかと言えば、答えはNOだった。木川田の有給は、贔屓チームがアウェイで試合をする際の遠征日に当てられていた。

ピアノの発表会は、少なくとも数ヶ月前にしかわからない。しかし、サッカーの試合の1年間のスケジュールは、Jリーグが発表するその時から明らかになる。

木川田は、計画年休を使って贔屓チームの試合日に合わせてあらかじめ休みをとる。ホームでの試合日は、必ず休みを入れている。それと、妻と娘の誕生日にも計画年休を組み込んでいた。

仕事とサッカー観戦に時間を費やすので、せめて妻と娘の誕生日には休みをとって、調べて選んだ場所で食事をしてプレゼントを渡す。そうすることで、週末の土曜日や日曜日に家族と一緒にいられない免責になるかもしれないと考えていた。それは、木川田の勝手な思い込みかもしれないのだが。

日曜日の朝食をすませて、スタジアムに出掛ける準備をする。

「パパは、お出掛けなんだって」

妻が娘に語りかける。

「サッカーでしょ」

娘が少しすねた表情を作る。

「しょうがないよね。サッカー好きなんだから。水戸ホーリーホックズだっけ」

「さすがに複数形にはならないだろ。ホーリーホック!」

妻は「そうそう、ホーリーホックね」と、自分の発言は言い間違えで意図的ではないのだと訂正した。

「そう言えば、えとみほさんって知ってる?」

「ん? ツイッターでね。栃木SCのマーケティング戦略部部長になった人。なんで?」

「去年水戸のエンブレムをディスってたじゃない。『いきなり家紋にした』とか言ってたよね」

「いやいや、なんでそんなコアなネタを知ってるの?」

「だってツイッターやってるから」

「え? 聞いてなよそんなこと。アカウント名は?」

「教えない。それは個人情報」

妻はすぐに話題を変えて木川田に質問する。

「で、応援している選手は…」

「ああ、彼はもうチームにはいないんだ」

妻はサッカーにはまったく興味がない。何度もスタジアムに誘ったのだが断られた。そのうち誘うこともしなくなった。

跪いて娘の洋服を整えている妻は、木川田に対して言葉を投げかけた。

「いろいろ大変だったからね、この1年。久しぶりでしょ」

「んん」

「今日は楽しんできて」

娘は妻の言葉を反復する。

「今日は楽しんできて」

2018年3月17日以来のスタジアム観戦。あれから1年が過ぎた。自分に降りかかった出来事は、どこか他人事のように思えていたことだった。自分には関係ないこと。漠然とそう思っていた。それが自分にやってきた。

2019年3月3日、栃木SC戦を前に、木川田はこの1年間を振り返った。

(つづく)

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川本梅花

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