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【J3リーグ通算100試合出場達成 中原秀人「鹿児島でJ1に」鹿児島と共に叶える夢】

J3リーグ通算100試合出場達成 中原秀人「鹿児島でJ1に」鹿児島と共に叶える夢】

 今週末6月18日土曜日にY.S.C.C.横浜を迎えて行われるホームゲーム。その試合前に中原秀人選手のJ3リーグ通算100試合出場セレモニーが行われる。

2017年夏、ギラヴァンツ北九州から完全移籍し、地元鹿児島でプレーする道を選択した中原選手。“J3リーグ通算100試合出場”―それは、ほぼ鹿児島ユナイテッドFCと共に歩んだ歴史だった。

嬉しいことも辛いことも鹿児島と共に経験してきた。監督や選手が変わっていく中で常にピッチに立ち続けている鹿児島の心臓。

 地元を愛する薩摩隼人が描くこれからの夢とは。

J3リーグ通算100試合 印象に残っている試合とは

J3リーグ通算100試合。あっという間だったなという気持ちが大きいです。鹿児島で出た試合がほとんどなので・・。沢山のことを学ばせてもらいました。すごく感謝しています。」

中原選手が加入した2017年以降、鹿児島ユナイテッドFCにとって激動の5年間だった。2018年にJ2昇格、そして1シーズンでの降格。2019年にはキャプテンを務めピッチ内外でチームを牽引し続けた。

 100試合の中で印象に残っている試合は沢山ありますけど、やっぱりJ2昇格を決めた試合だったり、J2の開幕戦だったり。その2つかなと思います。キャリアの中でもなかなか成し遂げることができない選手も多い体験だと思うので自分の中ではすごく貴重な経験でしたね」こう振り返る。

 鹿児島の歴史に刻まれる中原秀人の存在感

 覚えているだろうか。

J2昇格を決めた2018年の沼津戦。決勝点を決めたのが中原選手だった。ガッツポーズと共に見せた最高の笑顔はサポーターの心に刻まれているだろう。さらに、2019年のJ2で迎えた開幕戦も忘れることはできない。徳島と戦った鹿児島は4−3でJ2での初勝利を飾っているが、この4点中2点は中原選手の得点だった。しかも試合終了間際の決勝点。“印象に残る試合”にこの2試合を挙げた中原選手。それはサポーターにとっても忘れられない2試合だったはずだ。

 

 監督が変わっても求められる理由

 鹿児島で積み重ねるキャリアの中で、幾度も経験した監督の交代。監督が変わると目指すサッカーにも少なからず変化はあるものだが、中原選手はその変化にも順応し、“絶対に必要な選手”として常にピッチに立ち続けている。

「自分は求められるプレーを真面目にやるだけだと毎日思っています。1番は自分がやりたいプレーよりその監督に求められているプレーが何かということをしっかりと理解して、それをピッチの上で表現することかなと、つくづく思います。自分なりにしっかりと考えてやっているので、そこは自分の強みでもあると思います。」

“鹿児島と共に”歩んだ 中原秀人の次なる夢とは

 「やっぱり鹿児島でJ1に行きたいですね。」

即答だった。もちろん今シーズン見据えるJ2昇格をまず成し遂げた先に鹿児島と共に歩む未来が中原選手の目には映っている。

「クラブからも必要とされているのは感じますし、中々選手としてこれだけ長い間同じクラブに在籍できるというのはできない事だと思うので、そういったクラブの期待だったりをプレーでやっぱり返したいので、そういう気持ちはやっぱり誰よりも強いですね」

海が美しい阿久根市で育った一人の薩摩隼人が鹿児島の夢を叶えるべく、努力をし続けている。

“次は一緒にやろう”

 6月5日沼津戦で有田光希選手がゴール後に見せたパフォーマンスについて、“ネタ元”の中原選手に聞いてみた。

「あれは・・・ボディビルダーです。普段みんなで集まったりした時に一発芸とかする時があるんですけど、その時に僕がやっていたネタですね!有田選手から“今度は一緒にやろう!”と言われました。自分がゴールした時ですか?考えておきます(笑)」

真面目で優しい、そしてこうしたお茶目な一面を持つところもサポーターはもちろん仲間たちからも愛されている理由だろう。

#次は一緒にやろう 

 

 昇格やJ2開幕戦― 大切な節目に大きな結果を残してきた鹿児島の心臓、中原秀人。大切な想いをこれまで沢山共有してきた。そしてこの先も多くの事を中原選手と共に。

敗れた岐阜戦の悔しさを乗り越え、次節の勝利へ!

叶えたい夢が私たちにはある。ONE TEAMで必ず叶えよう!

 

 (取材・文 有賀真姫)

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