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「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【インタビュー】A Secret on the Pitch ピッチは知っている〈3〉 柳沢将之(東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社 普及部) 前編(17.7.28)

A Secret on the Pitch ピッチは知っている 〈3〉
『走り続ける人』柳沢将之(東京ヴェルディ1969フットボールクラブ株式会社 普及部) 前編

 

華麗なテクニックを見せる選手ではなかった。ずば抜けたスピードやパワーの持ち主でもなかった。だが、タッチライン際を疾走し、振り切られそうになってもボールに食らいつく粘っこさ、誰よりも声を枯らしてチームを鼓舞する姿は記憶に深く刻まれている。
柳沢将之さんはランドで育ち、法政大を経て、2002年から06年まで東京ヴェルディ1969に所属。04シーズン、天皇杯の優勝メンバーのひとりだ。
今春、その柳沢さんがスタッフとして東京ヴェルディに帰ってきた。

 

■外の世界を知りたい

――柳沢さんのように、現役引退後、サッカー界から離れて一般企業に就職し、クラブに帰ってくるというのは珍しいケースです。どういった経緯なのか、現在のクラブに対する思いも訊いてほしいと、読者からのリクエストがありまして、今回お時間をいただくことになりました。
「よろしくお願いします」

――復帰を歓迎する声が、あちこちから聞かれます。
「ありがたいですね。ホームゲームの日、僕はコンコースで子どもたちとミニサッカーをしているんですが、そのときにサポーターの方からたまに声をかけられます。お帰りなさい、戻ってきてくれてよかったと言ってもらえるのはうれしい」

――柳沢さんは横浜FCでの2011シーズンを最後に現役を引退。最初に、その頃の話について聞かせてください。発表が年明けだったんですが、当時はギリギリまで現役続行の可能性を探っていたんですか?
「トライアウトにも参加し、続けたい気持ちはありましたが、30歳を過ぎてそろそろ先のことも考えなければいけない状況。内心、いろいろな思いはありましたよ。僕はプロの世界に入ったとき、10年はやりたいと思っていて一応それはクリアした。いまの自分には家族がいて、横浜FCからは指導者として残る提案も受けていましたが、このままサッカーしか知らない生き方はどうなんだろうと。それが心に引っかかっていました」

――外の世界を見てみたい。
「そうですね。いくら人の話を聞いても、実際に経験してみないことには」

――誰しもセカンドキャリアへと歩みだすときは、想像以上のエネルギーとパワーが要求されます。サッカー界に残る選択をしたほうが、一時的な負荷は小さくて済むでしょうに。
「そうかもしれませんが、人間的な広がりを得るには外を知らなきゃダメなんじゃないかなあという漠然とした気持ちがあって。横浜FCの坂本壽夫さん(一般社団法人横浜FCスポーツクラブ 専務理事)がプリマハムの出身で、こういう話があるけど興味はある? と声をかけてくださったんです」

――なるほど、それで食品業界へ。
「関連会社のプライムデリカの面接と筆記試験を受けさせていただき、2012年2月から勤めることになりました。コンビニで販売する、サラダ、軽食、お惣菜などの製造、商品開発を行う食品メーカーです。勤務地は相模原市。初めてのことばかりで、最初は大変でした」

――どんな仕事も慣れないうちは大変だとは思いますが、具体的にはどのあたりが?
「まず、食を扱う仕事ですので、何かあっては取り返しのつかないことになります。お客さまへの対応はもちろん、パートさんを大事にしなければ工場が回らなくなる」

――柳沢さん、パートのおばちゃんたちから人気者だったでしょ。目に浮かびますよ。
「いやいや、パートさんのなかには何十年も働いてらっしゃる方がいて、自分なんかより仕事を把握しているんです。始めのうちは迷惑をかけてばっかり。僕はプライムデリカに5年間お世話になって、1年目は製造部、2年目以降は総務部でした。最初の1ヵ月は研修があって、ライン作業を経験します。たとえばサラダなら、ベルトコンベアに容器を置き、次の人がキュウリを2切れ、次の人がニンジンを3切れというふうに決まっていて、最後にフタを締めて完成。なにせ初めてなものですから、ずっと同じ作業をすることに慣れてない。なんなんだ、これは……と戸惑いました」

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