「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【トピックス】連載『中根玄暉 新米サッカーコーチの日常』〈10〉(20.11.19)

ハーフタイム、選手たちに指示を与える中根玄暉。

ハーフタイム、選手たちに指示を与える中根玄暉。

11月14日(土)
大体、グラウンドに一番乗りで姿を現すS君。「両足を使えて損はない」「利き足と逆足のシュート練習は小学3年生ぐらいから必要」という新米の持論。
Sとは1ヵ月ぐらい、練習前に左足のシュートを特訓してきた。「シュート練習するぞ」と誘うと、まあ嫌な顔をする。僕が苦手な左足ばかりでシュートを打たせてくると分かっているから。無人のゴールだが枠に入らないことが自分で分かっているから。
「今のうちから逆足でシュートを打つ習慣をつけておくことが先々に繋がる」と信じている新米は半強制的にやらせる。ただそんなに簡単に成果は表れない。ミニゲーム中に、得意足に持ちかえてシュートチャンスを逃すシーンが。嫌味ったらしく「左足使えないからね~」と言うと、ムッとした顔をする。
特訓を始めて約1か月。この日のチーム内のゲーム。その瞬間、「左足!」と言いそうになったが、「左足で打て」と心で祈ることにした。迷わず左足でシュートを放った。「ナイスS!」。Sはこちらを見てニヤッと。次は入るといいね。

●今回のお題 「サッカー界の裾野が広がり、生き方が多様化している現在。ナカネの周囲はどう?」

私は来年度、大学を卒業する予定で、今年は進路を決定する年になります。
先日、以前所属していた東京農業大学農友会サッカー部でチームメイトだった選手と連絡を取りました。自然とその話になりましたが、プロを目指す選手、働きながら社会人チームでサッカーをしていきたいという選手、海外でサッカーを続けていくという選手がいると言っていました。
緑山SCでコーチとして一緒に働き始めた友人は、すでに専門学校を卒業していますが、就職はせず、緑山と食料品店でダブルワークしています。
サッカーが好きだという想いを持った人々が、それぞれ働き方は違えど、サッカーが日常にある。サッカー界での生き方が多様化されたことは、サッカーを愛する者にとって良い影響を及ぼしていると思います。
ただ、この業界は結果を求められる。いつまでもしがみついていられる世界ではないし、指導者であれば選手の将来に携わっているので生半可な気持ちではできない。結果を追い求める姿勢と向上心を持ち続けていきたい。
自分は指導者として生きていきたいと思っていますが、先々が約束されていないサッカー界に怖さはあります。ただその怖さがあるから、学びを止められない。止めたら終わります。
サッカー界での生き方が多様化しましたが、全員が全員、サッカーに携わっていくわけではない。海外に行ってでもサッカーを続けるという同い年、社会人サッカーでプレーしながらプロを目指す先輩、ずっとサッカーが人生の真ん中にある師を見ると、結局は生き方が多様化しようが、どんなことがあろうが、その人自身がどれだけサッカーが好きか、なのだと思います。

【海江田からひと言】
挫折を知ることが、その人の強みになるケースは多々あると思うんですね。そうあってほしいという希望も込みではありますが。これまで自分が取材した人物のなかでは、和製ロナウドの愛称を冠せられた矢野隼人さんのことを思い浮かべます。選手としては花開かず、指導者に転身し、現在はJFAナショナルコーチングスタッフの一員です。いつか会う機会があったら、話を聞いてみるといいですよ。学びを止めたらおしまい、というのもサッカーに限らず、普遍性に富んだテーマだと思います。
全員が全員気持ちよく帰れることってあるのだろうかという素朴な疑問。こうやって書くことだってね。誰も傷つけないというのは、実際はありえないというのが僕の考えです。たとえば、目下、赤丸急上昇中の藤田譲瑠チマを称賛するじゃないですか。その一方で、ハートをえぐられる選手は必ずいるわけです。知らず知らずのうちに、どこかで誰かが血を流している。意味のあるものであればこそ、その自覚が必要な業の深い行為。このあたりは長い期間のトータルで目配せしていくほかありません。
とりあえず、連載10回おめでとう。

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※次回は12月中旬を予定しています。

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