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【無料公開】欧州サッカーがグローバル化で得たものと失ったもの 片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家)インタビュー<2/2>

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■中国資本参入の背景にある「パトロン型経営」の限界

──ここまで、ロシアとカタールによるFIFAと欧州サッカーへの国家戦略について考えてみましたが、今度はサッカー大国ではないけれど国際的に絶大な影響力を持つ、中国とアメリカについて考えてみたいと思います。まずは中国についてですが、この本でミランとインテルが中国資本となって初めてのミラノダービーについて書かれていました。あの試合は、中国時間に合わせて昼に行われたんですね。

片野 あの時だけでしたけど、非常に象徴的な試合でした。ただミランやインテルが「中国に買われた」というよりも、資本のグローバル化がイタリアにまで波及したという側面の方が強いと思います。ミランとインテル、そしてユベントスやローマといったビッグクラブは国内だけでなく、CLやELといったグローバルマーケットでも戦えるクラブとして生き残っていかなければならない。ところが国内のビジネス規模では、もう支えきれなくなっているという事情だと思います。

──先ほど「パトロン型経営をしているビッグクラブはアブラモビッチのチェルシーだけ」とおっしゃっていましたが、イタリアではそうした経営が通用しなくなっているということですね。もはや、ベルルスコーニやモラッティの時代ではないと。

片野 そういった自国の金持ちでは、絶対に太刀打ちできない規模になってしまっていますよね。ユベントスは今でもイタリア資本ですが、それでもフィアット・クライスラー・オートモービルズはグローバル資本ですから。イタリア国内で、いわゆる旧来的なパトロン型経営成り立っているのは、今はナポリくらいですよ。

──へえ、そうなんですか。オーナーは何者ですか?

片野 アウレリオ・デ・ラウレンティスといって、映画プロデューサーですね。イタリア国内でトラッシュ・ムービー(B級映画)をバンバン作って回しているんですけれど、そこから得られる利益よりも、ナポリが生み出す利益のほうが大きくなっているようですね。

──なるほど。そうやって中国資本が欧州サッカーに影響力を及ぼすようになっている一方で、中国国内でも習近平が国家戦略のひとつにサッカーを掲げています。この本でも15年に政府が打ち出した「中国足球改革発展総体方案」の内容を引用していますね。ちなみに、これを中国語から日本語に翻訳した張寿山さんは、私も面識のある方なんですが。

片野 あそこに書かれていたものを読んで感じたのが、世界的なスポーツであるサッカーを、国の社会的発展の原動力にしていこうという思惑ですよね。つまり中国国内のドメスティックな価値観ではなく、インターナショナルな価値観を身につけることで、これからの時代に適応するためにサッカーに着目しているのではないかと。そこまで考えていたら、すごい話だなと思いましたね。

──習近平があの政策を打ち出す3年前、中国サッカーについて現地でがっつり取材する機会がありました。その当時はまだ、中国人のサッカーに対するイメージは決して良いものではなかったんですよ。

片野 それはなぜです?

──代表チームが結果を出せないこともありましたし、八百長でのマイナスイメージもありました。それと当時の中国はまだひとりっ子政策で、子供にサッカーをやらせるよりも、ちゃんと稼げるビジネスマンなり弁護士なりドクターなりにさせようと、猛烈に勉強させるわけですよ。ですから、サッカーを楽しむ暇がないという状況でした。

 あともうひとつ、私が疑念に思っているのが、果たして彼らがじっくりと腰を据えて育成のシステムを構築していく覚悟があるかどうかということですね。お金はあるから大きな施設を作って、いい指導者を連れてくることはできるんでしょうけど。

片野 中国の育成強化って、何か上手くいっていないイメージがありますよね。20年以上前に、ユースの選手たちをブラジルで武者修行させていたじゃないですか。最近でも、ドイツの4部リーグにユースチームを力技で参加させていましたよね。

──「観客がチベット国旗を振っていた」という理由で、怒ってさっさと帰ってしまいましたよね(笑)。いかにも中国らしい話だと思いました。

片野 そういうところに、ある種の限界を感じますよね。ただ政府肝いりの政策ですから、中国のサッカーのインフラが急速に整備されて、子供たちが普通にサッカーを楽しめるようになったら、10年後や20年後に何かが変わっているかもしれない。問題は、中国でカズ(三浦知良)やヒデ(中田英寿)のような存在が、いつ現れるかでしょうね。

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