【サッカーパック人気4位】 最後まで感じられなかったチームのベクトル(2019年5月25日@ニンス…

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【無料公開】『おつかめさまです。ニータンです。』大分トリニータオフィシャルマガジン Winning GOAL別冊

 大分トリニータのマスコット、ニータンの写真集『おつかめさまです。ニータンです。』が発売された。非常に良く出来た写真集で、大分各地の観光名所をニータンが案内する構成になっている。GWは今日で終わってしまうが、遠征で大分を訪れる際にはガイドブックとしても活用できるのでお勧めだ。定価1200円+税。購入はこちらから。

 実はこの写真集には、私も写真とコラムを提供している。今回、編集と製作を担当したネキストさんの許可をいただいた上で、私が寄稿したコラムを転載することにしたい。

「ニータンの時代がやってきた」

 ニータンは素早く歩けない。カメだから当然である。大分トリニータのホームゲームでは、スタッフに台車に載せてもらって場内を一周する。普通に歩くときも足元がおぼつかないので、やはりスタッフに手を引いてもらう。しかも歩みが非常にゆったりなので、付き添い人はその歩調に合わせないといけない。ことほどかように手がかかるマスコット。それがニータンなのである。

 Jリーグが「オリジナル10」と呼ばれる10クラブから拡大の一途をたどったように、Jクラブのマスコットも10体からスタートして、以降はさまざまな形態のマスコットが誕生した。現在、J1からJ3までの54クラブのうち、マスコットが不在なのはわずか3クラブ。今では50体以上のマスコットがスタジアムを闊歩していることになる。

 そんな中、ニータンが誕生したのは、クラブがナビスコカップを獲得した2008年。早いもので、今年で10年となる。その間にも、さまざまなタイプのマスコットがデビューしているが、それでもニータンの「特殊性」が脅かされる気配は微塵も感じられない。

 ニータンの特殊性とは何か? それは「機動力がなさすぎる」ということだ。海に棲むシャチをモチーフした、あのグランパスくんでさえ縄跳びができるというのに、ニータンにそんな芸当は望むべくもない。どこに行くにも、何をするにも、誰かの介助が必要。これほど手がかかるマスコットは、ニータン以前にはもちろん、ニータン以後も出現する気配はない。

 ひところ「何でもできるマスコット」が熱い視線を集めたことがあった。バク転をしたり、一輪車を乗り回したり、あたかも「アクティブであること」がマスコットの必須事項であると思われていた時代があったのである。確かに、見ていて楽しいし「すごい!」とも思う。しかし一方で、そういう万能型マスコットには、ある種の近寄り難さがあるのも事実。それこそスター選手のごとく、ツーショット写真を気安くお願いすることに逡巡さえ覚えてしまう。

 では、ニータンの場合はどうか。アクティブ系のマスコットとは異なり、彼(で、いいんですよね?)は一匹では何もできないので、必ず付き添い人がいる。その人にお願いすれば、一緒に写真も撮らせてくれるし、余裕があればサインだってもらえるかもしれない。そもそも動きが緩慢なので、捕捉しやすいのもファンにとってはありがたい。今風に言えば「タッチポイントが作りやすい」。そう、「機動力がなさすぎる」のは、決して悪いことではないのである。

 もうひとつ、ニータンの存在意義について最近、思うところがある。これだけ世話のやけるマスコットは、これからの日本を考える上で、実は極めて重要な意味を持つのではないだろうか。折しも少子高齢化で、誰かが誰かの介助をするのが当たり前の時代。その一方で、困っている人を「自己責任」の一言で片付ける冷たい人々が、何と増えたことか。

 そんな殺伐とした時代だからこそ、ニータンの存在は貴重である。世話をする側も、される側も、いずれもニコニコしているからだ。困ったときはお互い様。歩みが遅いのも、手がかかるのも、いずれも「個性」である。ニータンは、単なる「のろまなカメ」なんかではない。いやむしろ、バリアフリーと共生の時代を先取りしたマスコットだったのである。

<この稿、了>

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