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【無料公開】なぜ勝ち点3は「しれっと」奪われてしまったのか 罰則だけでは解決しない「エントリー不備」の問題

※2021年10月14日、J3第8節の福島ユナイテッドFC対ヴァンラーレ八戸戦のスコアについて、JリーグはJFA不服申立委員会の決定に伴い、公式記録を「福島0−3八戸」から当初の「福島2−0八戸」に訂正することを発表。併せて福島には、同試合におけるエントリー不備に対して、150万円の罰金が課されることとなった(参照)
非常に重要な決定であったものの、ファンの間でもきちんと理解されていないように思われたので、8月25日掲載のコラムを無料公開とする。「勝ち点1につき50万円」という決定の重みについて、多少なりともご理解いただければ幸いである。

「それまで2位だったのが、いきなり6位ですよ。それだけ、勝ち点3には重みがある、ということなんです。そもそも順位に関係なく、勝つというのは大変なことですよ。同じ懲罰でも0−3になるのではなく、罰金のほうがまだよかったですね。まあ、ウチはそんなに裕福ではないですけど(苦笑)」

 オンラインの画面の向こう側で語るのは、福島ユナイテッドFCの竹鼻快GMである。竹鼻さんには、今年の6月に当WMにご登場いただいたばかり(参照)。今回、再び取材させていただいたのは、竹鼻さんが「エントリー不備」問題の当事者となってしまったからだ。この問題については浦和レッズが、Jリーグ出場の登録で必要となる新型コロナウイルスの指定公式検査を受けていない選手を出場させ、結果として没収試合となっていた。浦和は8月19日、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴。その前日、今度は福島が没収試合のペナルティを受けている。

 浦和の場合、2−3で敗れた湘南ベルマーレ戦が0−3となってしまったが、福島は2−0で勝利した試合が没収試合となっている。今季のJ3は、上位チームが混戦模様。懲罰が決定する以前、福島は首位のカターレ富山と同勝ち点(26)の2位だった。それが勝ち点で3、得失点で5、それぞれ引かれることになり、当然ながら順位にも変動をきたすこととなった。Jリーグが開幕して今年で28年だが、事実上の「勝ち点剥奪」が行われ、それが順位にまで影響を及ぼすというのは前代未聞のことである。

 2014年の「JAPANESE ONLY」事件の際、浦和に課せられたペナルティは勝ち点剥奪ではなく無観客試合。この処分は当該クラブのみならず、懲罰を課したJリーグにもトラウマを残すこととなり、コロナの中断明けの無観客試合には「リモートマッチ」の名称が与えられることとなった。ところが今回、それよりもはるかに重い罰が下されたのに、そのことに対する深刻さがまるで伝わってこない。言葉は悪いが、勝ち点3が「しれっと」奪われてしまったようにさえ見えてしまう。そこに、重大な危機を覚えずにはいられなかった。 

 あらためて、問題の経緯について振り返ることにしたい。福島の公式サイトに記載されたものを集約すると、以下のとおり(文中の「本件選手」とは、出場資格がなかったにもかかわらず、公式試合への不正出場があったと認められた選手のことである)。

・4月21日、クラブ内で新型コロナのクラスターが発生。多くの選手が感染、もしくは濃厚接触者に認定されて隔離される。

・4月29日、Jリーグの指定公式検査が実施されるも、本件選手は隔離中のため同検査を受検することができず。

・4月30日、検査結果が反映されたエントリー可能者リストが更新される(この時、本件選手は記載されず)。

・5月14日(試合2日前)までに、本件選手にPCR検査及び抗原検査が実施され、いずれも陰性判定を得た(ただしJリーグの指定公式検査ではない)。 

 ここまでが試合前の経緯。ここからは5月16日の試合当日(vsヴァンラーレ八戸@郡山西部サッカー場)における経緯である。

・試合前、福島の運営担当者に対してMC(マッチコミッショナー)から、本件選手がエントリー可能者リストに記載がないとの指摘があった。

・さらにMCから、本件選手について「エントリー可能者リストに記載がなくても、陰性判定証明ができれば試合に出場することができる」との説明があった。

・そこで運営担当者はMCに対し、本件選手の抗原検査における陰性判定の結果を提出。MCは本件選手が出場可能であることを認め、Jリーグメンバー提出用紙に署名。

・本件選手は試合にエントリーし、スターティングメンバーとして出場。

 いかがであろうか? 事象としては「Jリーグの指定公式検査を受けていない選手が、エントリー可能者リストに記載されていなかったにもかかわらず、Jリーグの公式戦に出場してしまった」ことが問題となっている。これに対する福島のエクスキューズは「MCからは『エントリー可能者リストに記載がなくても、陰性判定証明ができれば試合に出場することができる』との説明があった」。つまり、このMCのアドバイスがなかったら、福島にペナルティが課せられることはなかったのである。

 今回のJリーグが下した罰則は(クラブ側にも瑕疵はあったものの)やはり厳しすぎると言わざるを得ない。無観客試合以上のペナルティが課せられるのは、スポーツの尊厳が脅かされるくらいの「悪意」が認められた場合に限られるべきで、本件がそれに該当するとは到底思えないからだ。やはり、現行ルールに問題があると指摘せざるを得ない。そんなルールに縛られ、必要以上に厳しい罰則に怯えなければならない現状を、われわれサッカーファンはサポートクラブを超えて認識する必要がある。再び、竹鼻さん。 

「このエントリー制度は、コロナ禍における『特別立法』なんです。つまり去年の状況に則したものであって、その『特別立法』に対する罰則というものが、新たに設けられてもいない。だから、勝ち点剥奪という重すぎる罰が適応されるんだと思います。加えて、今回のようなクラスターへの対応も想定されていなかった。保健所による濃厚接触者の隔離の基準も、実は県によって違っていて、そこについても考えていただきたいところです」

 ちなみに問題のMCについて、竹鼻さんは「ウチがクラスターになったことに同情して、良かれと思って助け舟を出してくれたんじゃないですかね」と指摘。その上で「もちろん、われわれも再発防止に向けた対策は、可能な限り考えていきます。けれどもコロナは、どんどん変化しています。であるならば、ルールもまた柔軟であるべきだし、出てきた事案や状況に応じて変えていくべきではないでしょうか」と結んだ。 

 通常の記事であれば、ここでシメとなる。が、最後に自戒の念を込めた、同業者へのメッセージを記しておきたい。というのも私自身、今回の「エントリー不備」の問題について、浦和の一件が発覚した時は「他人事」に近いスタンスだったからだ。あれだけ番記者がいるのだから、自分が取り上げるまでもないだろう──。当初はそう思っていた。ところが、出てくるのはJリーグとクラブのリリースをなぞった報道ばかりで、当事者の肉声さえも聞こえてこない。メディアによる論考的な記事も、私が知る限りこれだけである。

 皆さん、あまり関心がないのだろうか。あるいは「数字が取れないから」という理由なのか。はたまた「お上」に忖度せざるを得ないのか。いずれにしても、メディアの姿勢としてどうかと思う。初動が遅れた私が、福島の没収試合に強い関心を寄せたのは、この八戸戦を現地で取材していたことが一番の理由だった。18分の樋口寛規のゴール、38分の田中康介のゴール、いずれもカメラに収めている。それら個人の記録は残るのに、チームは0−3で敗戦扱い。どう考えても、おかしな話ではないか!

 同業者の多くは、おそらく「日本のサッカーが強くなってほしい」あるいは「サッカーを通じてよりよい社会を作る一助となりたい」から、この仕事を続けているのではないか。そしてわれわれの役割は、単に選手や監督のコメントを伝えたり、戦術やフォーメーションの解説をしたりする「だけ」ではないはずだ。サッカー界にとって、明らかに良くないことが起こっているのであれば、きちんとアラートを鳴らすのが筋である。メディアが果たすべき使命を放棄した結果、おかしなことになっているわが国の現状を見れば、なおのことそう思う。 

<この稿、了>

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