『J番記者による大忘年会2017』~タグ祭り!~12/18渋谷で開催

【新連載・無料掲載】この街ー第1回『プロローグ@2017 八重瀬町』

 

沖縄で 

 冬の沖縄は天候不順が続く。それでも沖縄本島は本土に比べて気温が高いから過ごしやすい。雲の切れ間から覗く青空はどこまでも澄んでいて、射し込む太陽の日差しは眩く、吹き付ける風は心地良い。透き通る海の底に珊瑚礁が見える。広葉樹の木々はどこまでも深い緑で、褐色の土が鮮やかな色彩を放っている。

 オレが初めて沖縄に来たのは10年以上も前のことだ。当時のことは鮮明に覚えている。それから思い出は幾重にも積み重なり、今を生きる糧になっている。

 オレはJリーグクラブに所属するプロサッカー選手だ。ピッチの上で闘うことを生業としている。シーズン中は常に気が張っていて、神経を尖らせている。だから短いオフの間は、思い切りスイッチを切る。

 心を鎮める場所は、いつしかここになった。そして去年、オレの所属するチームは沖縄でキャンプを張り、今年も2年連続でこの地で始動した。ここにはオレが愛してやまないモノがある。場所がある。人が居る。

 サッカークラブのキャンプはシーズンを戦い抜く体力を築く鍛錬の場であると共に、長い共同生活の中で集合体が結束し、団結を図る重要な機会でもある。サッカー選手は1試合90分間のゲームを年間50試合程度戦うために、キャンプで懸命に基礎訓練に励む。ここで手を抜けば1年を棒に振る。それを理解する選手たちは自らで精神をコントロールする。意思を貫けない者は早々にプロの称号を剥奪されてしまう。

    ただ、人間は一息つくことも必要だ。全力疾走で駆けていれば、いつかは力尽きる。心の余裕、機微はやはり大事で、その切替えができる者もまた、プロとして闘い続けることができる。

 『国際通り』に『豚球』という店がある。オレの友だちの”ウエケン”が経営している沖縄料理や豚しゃぶを食せる店だ。同い年のウエケンはアグレッシブな奴で、10代の頃から苦労を重ねながら様々な職を転々としたが、今では一家の大黒柱として立派な仕事をしている。オレと彼とは異なる業種だが、オレはウエケンを心から尊敬している。

 去年のキャンプではたった一日だけのオフ日前日にチームメイト全員を集めてウエケンの店でささやかな会を催した。ここでは監督、コーチングスタッフなどは加わらず、選手だけで交流を図った。サッカーチームは対象に関わる者全てが等しく責任を負わねば目標を果たせない。それを十分認識しながら、それでもたまには選手だけで集まって公の場では言えない不平不満や愚痴を言い合い、ストレスを発散して次へ進む準備をしたっていいと思う。繰り返すが、サッカー選手も人間なのだから、そりゃあ、言いたいことは山ほどある。

 去年の”慰労会”は楽しかった。今年も『豚球』で選手全員集まろう。オレはウエケンに電話してオフ前の夜に大人数の予約を入れた。彼はいつものように喜んでくれて「待ってるよ~」と言ってくれた。うん、オレも楽しみだ。正直キャンプのトレーニングは辛いから、会だけを励みに日々を生きよう(大げさ)。

恩師と寄り添う

 オフ日の前日。地元クラブとの練習試合が行われる前、チームを率いる監督のミシャがオレたちを集めて言った。

 ミシャの母親が遠き彼の地で亡くなったという。かねてから具合が悪くて入院していたとは聞いていた。オレにとってミシャは尊敬する指導者で、人生の恩人で、何よりオレたち選手の”親父”だ。彼の口癖は「チームはファミリー。選手は私の子ども」。今のチームはミシャの個性が反映されていて、常にお互いを慈しむ空気が流れている。オレもミシャのためだったらなんでもやりたい思いがある。だからこそ、ミシャの母親が亡くなったことは身内のように辛かった。悲しかった。

 練習試合で最初のゴールを決めたとき、選手全員でミシャを囲んで抱き合った。母親を失ったのに、彼は母国へ帰らずに沖縄で指揮を執り続けるという。どれだけ断腸の思いか。どれだけの計り知れぬ覚悟か。チームを想う”親父”の信念に触れて、オレたち選手は今一度、奮起しなければならないと思った。

 ウエケンに電話した。

「ウエケン、ごめん。今日の予約、キャンセルしてほしいんだ。監督のお母さんが亡くなってしまったから、今日は監督と一緒に、みんなで居たいんだ。こんなタイミングでお店に迷惑を掛けてしまって、本当にごめん」

 するとウエケンは、いつものように明るい声で言った。

「全然大丈夫だよ。こっちのことは気にしないで。みんなで監督のそばにいてあげなよ」

 宿泊するホテルにほど近い居酒屋の『ぶぶか』という店で、チーム全員で楽しく穏やかなときを過ごした。悲しかったら、みんなで寄り添えばいい。

 談笑していると、突然お店の扉が勢い良く開いた。大きな鍋を持った奴が僕らの下へ近づいてくる。ウエケンだった。

「沖縄の郷土料理で、『イナムドゥチ』って鍋です! みんなで食べてください!」

 自分の店で調理して、わざわざここまで持ってきてくれた。ウエケンらしい。知っていたけど、アイツは情に厚いんだ。本当にオレは、人に恵まれている。

 それぞれの街で、懸命に生きている人がいる。愛すべき人がいる。心を通わせる友がいる。信頼で結ばれた仲間がいる。

ミシャとの別れ

 2017年7月30日。クラブから、ミシャとの契約を解除する旨が発表された。今年のチームは序盤こそ好調だったが次第に成績が伸び悩んで苦しんでいた。その責任を現場の最高責任者であるミシャが取った形だ。

 情熱的な指揮官だった。試合中は常にサイドライン際に立って大声でオレたちに指示を送っていた。練習中でも納得いかなければ所構わず説教を始める。時折感情的になって選手たちとぶつかり合うこともあったけど、それが彼の得難い個性だった。あるとき、選手を激しく叱責した後に、影でミシャが椅子に座って項垂れて(うなだれて)いたのを見たことがある。彼は右手の袖で目を拭っていた。選手に言い過ぎたと反省して涙を流す。オレは知っている。ミシャは常に愛情を持って人と接し、たとえ自分が嫌われてもオレたちのために、チームのために、クラブのために、サポーターのために全精力を傾けていた。だからこそ、ミシャがチームを去った事実は重く、悔恨の念しかない。 

 成績不振の原因は当然ピッチでプレーする選手にもある。いや、むしろ真っ先に非難されるべきは選手だとさえ思う。ミシャとコーチングスタッフ、選手たちと共に歩んだ日々が一瞬にして消え去る。プロサッカー選手を生業にする者として、この現実を正しく受け入れねばならない。悲しみに打ちひしがれるのではなく、これからをどう過ごすか、どう責任を果たすのか。オレたち選手には今、その覚悟が問われている。

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