『サッカーパック』39メディアが1550円で読み放題

【無料掲載】日々雑感−柏木陽介『キャプテンという名の光』

力を蓄える

 柏木陽介が仲間から離れて調整している。沖縄でのキャンプはシーズンを戦い抜くための体力を身に付ける大命題がある。その中で、彼は身体に違和感を覚えて別メニュー調整を強いられていた。チームトレーナーに股関節付近や腰の辺りを触診してもらいながら、それでも身体を動かし続けることで着実に一歩ずつコンディションを上げようとしていた。昨年の12月15日に三十路を迎えた彼はすでに、プロサッカーの世界での処世術を身に付けている。

 2017年は失意と歓喜が交錯したシーズンだった。ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)がクラブから契約を解除されたのは彼の人生の中でも深い悲しみのひとつになったし、ACL(AFCアジア・チャンピオンズリーグ)を勝ち抜いてアジアを制した一方で、Jリーグで7位に終わったことはその喜びを半減させた。

 広島から浦和に来て7年が過ぎた。フォルカ・フィンケ監督体制2年目の2010シーズンにサンフレッチェ広島から完全移籍して加入した当時は血気盛んな若者で、「俺がこのチームを変えてやる」と意気込んでいた。しかし新天地に降り立ってからの困難さを知らなかった当時の彼は自らの個性が埋没して中位に沈むチームを変革できなかった。

 中でも思い悩んだのはサポーターとの関係だった。

「最初は本当に浦和レッズサポーターのことが怖かった。下手なプレーをすればブーイングというか、罵声を浴びることもあった。自分のせいだけど、批判の的になることもあったから」

 そんな柏木が心から浦和を『愛するクラブ』と認識できたのは、チームがJ2降格の危機に瀕した2011シーズンだった。

 成績が下降する中で、指揮官のゼリコ・ペトロヴィッチが柏木をスタメンから外した。人生経験の浅かった彼は自暴自棄になったが、その態度をチームメイトの平川忠亮に窘(たしな)められた。

「ずっと試合に出場してきた中で、ゼリコさんが急に俺をベンチに置いた。それで不貞腐れていたら、ヒラさんにすごく怒られた。『お前は何のために、このチームでプレーしているんだ?』って。そのときに思ったんです。ヒラさんが本当に俺のことを嫌いなら、こんなに真剣に叱ってはくれないよなって。

 俺のことを案じて、思ってくれるひとがいる。そして、それは、浦和のサポーターたちもそうだった」

 レギュラー落ちから奮起した柏木は懸命にプレーし、Jリーグ第33節のアビスパ福岡戦で貴重な同点ゴールを挙げてその後の逆転勝ちへと繋げ、クラブのJ1残留をほぼ確定させた。そのとき、彼はサポーターに対してこんな感慨を得たという。

「這い上がってもう一度勝負できたあたりから、サポーターの俺に対する気持ちを感じた。そのときに、『ようやくチームに貢献できた、サポーターの期待に応えられた』って思った」

 2012シーズン、『父親』と慕うミシャが浦和にやってきたときは安堵ではなく、漠然とした不安とプレッシャーに苛まれた。試合に出て当然、活躍して当然という周囲の目が彼の内面を蝕み、ぶつけどころのないストレスがプレーパフォーマンスの減退に繋がった。

「一度親元であるミシャから『巣立った』のに、大した活躍もできずにまたミシャの下でプレーするのは、成長していない自分を認めることになるんじゃないかって。でも、それでも、そのときの俺はもう、浦和から出るなんて選択肢は一切なかった。だって周囲がどう思おうとも、俺にとっては浦和が最も大切な存在になっていたから」

 ミシャが去った2017シーズン末にヴィッセル神戸から高額のオファーを受けても意思は揺るがなかった。すでに5年以上も前に、彼の信念は確立されていたのだ。

 

主将として立つ

 キャプテンになりたいと思っていた。自分にその素養があるのかは客観視できなかったが、それでも先頭に立って、このチームで栄冠を掴みたいと思い続けてきた。これまで5年間チームを束ねてきた阿部勇樹の偉大さは身に沁みているが、自分なりのリーダー像を描いてもいた。

「ヒラさんの話もそうだけど、これまで俺は様々な選手に助けられてきた。特に得難い経験をしてこの世界を生き抜いてきた先輩たちに。(田中)達也さん(新潟)、ツボさん(坪井慶介/山口)、(鈴木)啓太さん……。偉大な選手たちがこのレッズを築き上げてきたから今がある。だから俺のような選手は、そんな先輩たちの後を受け継いで、このクラブのためにプレーしなきゃならない」

 堀孝史監督から主将就任の打診を受けたときは即決した。今季のチームを牽引するのは自分だ。早くから芽生えていた自我を、ようやく周囲のために生かせる時が来た。

 そのプレースタイルが、理想のキャプテン像を映し出している。技巧的な左足や広角な視野を駆使したパスワークからファンタジスタと評される向きもあるが実情は異なる。本人自ら「味方を生かすことで自分も生きる」と言うとおり、彼は究極のチームプレーヤーなのだ。

「理想は5人目、6人目とパスが繋がってゴールするようなパターンかな」

 自分本位なプレーはしない。味方を生かすためには相手のマークを外すフリーランニングが必要だし、身を呈して相手ボールを奪取しなければならないときもある。連動を幹とするコンビネーションプレーは犠牲的で献身的な精神に基いている。泥臭く愚直な選手。それが柏木陽介というプロサッカー選手の根底を成す生き様だ。ならば彼がキャプテンとしてチームを牽引することに何の違和感もない。

 堀監督体制の中で、この集団のポテンシャルを引き出す努力を惜しまない。昨季終盤に攻撃面の課題を露呈したチームをどう進化させていくか。今は、その手立てを模索している。

「今の俺はインサイドハーフでプレーしているけど、このポジションの選手が如何に攻撃へ絡めるか。1トップを孤立化させないで相手ゴールの近くでプレーし続けられるか。例えばキャンプでは3トップの両翼の選手のスタート位置をできるだけワイドにして、そこで相手バックラインを横に広げたところで中央のスペースを突くようなパターンも練習している。相手の横幅を広げて中央のスペースを空けるやり方はミシャ時代に狙っていたプレーでもあるから、以前の良いところと今の良いところを上手く融合させたいね」

 選手側からの語り部として、柏木の存在は際立つ。あえて矢面に立つことも厭わないのは、これまで得てきた数々の辛苦と悔恨の末に導き出した、彼なりの責任の担い方なのかもしれない。

 素直で竹を割ったような性格だから誤解を受けることもある。チームメイトにも忌憚のない言葉を発するし、公の場でチームの問題点を提起したりもする。ときにはサポーターに対しても心情を吐露するが、それは彼の心根が真っ直ぐな証拠でもある。

 恩師が去ったときは自責の念に苛まれて泣き腫らし、尊敬する先輩が引退や他クラブへの移籍を余儀なくされたら寂しくて目が潤んでしまう。そんな人情家はしかし、浦和の選手として戦う覚悟を決めたときから心に期していることがある。

「選手とサポーターが共有する感情が同じであることが、このチームを強くする原動力になる。それを感じたときに、胸のエンブレムを右手で掴んで『俺は浦和レッズの選手だ』って心から思える。このチームはもっと強くなれる。必ずJリーグ優勝できると、確信できるんだ」

 仲間を照らす光であり続ける。浦和のキャプテンが、皆と共に頂点を目指す。

« 次の記事
前の記事 »
日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック