「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

【無料記事】「ヘイトスピーチ解消法」施行を前に — ウェブマガジン開始のごあいさつ

 政治が動けば、行政や警察も動く

 法案成立直後、私は参議院会館の廊下で、自民党の西田昌司議員を直撃した。西田議員は法案発議者の一人である。

──そもそもなぜ、この問題に取り組むようになったのですか。

 私の問いかけに、西田議員は「京都朝鮮学校に在特会などが押し掛けた動画を観たことが大きい」と答えた。

「許し難い。恥ずべき行為だと思った。あんなものは政治的主張でも何でもない」

そう吐き捨てるように言った。

 西田議員がどのような政治スタンスであるのかは、よく知らない。これまでに報じられた発言などが事実とすれば、相当に保守的な人でもあるのだろう。だが、そんな自民党議員にすら嫌悪を抱かせたのがヘイトスピーチなのだ。

 問題はこれからだ。

 少なくとも現段階で、ヘイトデモの実行者たちが委縮している様子は見られない。在特会のあるメンバーは「罰則がないのだから関係ない」と私にわざわざ電話をかけてきた。同会の桜井誠前会長はツイッターに「今までと変わらず不逞鮮人追放を訴える」と書き込んだ。

 これに対して日本社会は新法をよりどころに、どうやってへイトスピーチと対峙していくか。行政や警察は、どう対応していくのか。

 新法施行は6月3日だ。その直前の5月29日、福岡、大阪、名古屋の3か所で、差別者集団によるヘイトデモ・街宣が行われた。

 私は名古屋のヘイトデモを取材した。

 有り体に言えば、デモ自体は何の滞りもなく行われた。一見、政治的主張とも思えるスローガンを掲げながら、しかし、内実はいつもと変わらぬヘイトデモに違いなかった。

 だが、新法の影響を感じさせるものが、なにもなかったわけではない。

 私は過去に何度か名古屋のヘイトデモを取材しているが、愛知県警の警備体制は、あきらかに以前とは違っていた。端的に表現すれば、警察官からは「躊躇」と「ぎこちなさ」が見てとれた。

 ヘイトデモに反対する人々が道路に座り込み、デモ隊列の行く手を阻んでも、当初、警察はおろおろするばかりだった。荒っぽい「ごぼう抜き」が行われるわけでもなく、女性警察官が懇願するように「道路に出ないでください」と叫んでいた。結局、座り込みの人々を迂回させるようにデモ隊を誘導することで、その場の混乱を回避させた。

 また、警察官の多くは、デモ反対者(カウンター)に背を向ける形で警備を行った。つまり警備対象がヘイトデモの隊列であることを明確に示したのである。これも、それまでになかったことである。もちろん、行政も警察も、結果としてこうしたデモを容認してしまったことには私も憤りを感じている。だが、これまで通りの警備でよいのか、無条件にヘイトを撒き散らかせてよいのか、少しばかりの逡巡も感じさせる対応ではあったことは確かだ。

名古屋ヘイトデモに抗議するカウンター(2016年5月29日)

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