「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

ゾーンDFを無力化する俊輔の高精度キック、ここぞを決めるマルキの決定力、そして美しいカウンター [J11節名古屋戦レビュー] (藤井雅彦) -3,217文字-

 

トピックの多い濃厚な90分間だった。

チームが高いクオリティを発揮するためには、良き対戦相手に恵まれることが条件に挙げられる。その点において、この日の名古屋グランパスはここ数試合とは見違えるような高いパフォーマンスだった。

「名古屋はここ数試合の中では一番コンパクトに戦っていたので難しいゲームになった」(樋口靖洋監督)

もともと個々の能力の高さはJ1屈指。それに加えて組織としても高いレベルにあるとしたら、簡単に勝てる相手ではない。

マリノスが守備に回った際に特に厄介だったのは2列目に並ぶ3選手の性能の高さだ。玉田圭司は持ち前のキープ力を随所に発揮し、藤本淳吾も左足で精度の高いプレーを見せた。そして最も手を焼いたのが小川佳純の縦横無尽のランニングである。1失点目は小椋祥平が自陣エリア内でファウルを冒してしまったが、それを導いたのは小川の相手の急所を突くランニングだった。この3選手が有機的に絡む攻撃は驚異で、苦戦した要因でもある。

ただし幸運だったのは1トップのケネディが本調子にないことだった。前記したPKの場面こそ落ち着いてゴールネットを揺らしたが、そのほかの場面ではどうにもリズムが悪い。28分、阿部翔平のアーリークロスをファーサイドに流れながら胸トラップ。ファビオをのマークを完全に外したが、シュートまでの一連の流れがスムーズではなく榎本哲也と中澤佑二のブロックに阻まれた。41分には最高の形でお膳立てしてもらいながら、最後はシュートではなくパスを選択する消極的な姿勢。豪州代表FWが本調子だったらマリノスは深い傷を負っていただろう。

名古屋が強い理由はもちろん前線だけでない。中盤には抜群の身体能力で攻守に渡ってチームを支えるダニルソンが、最終ラインには田中マルクス闘莉王、そして最後尾に構えるのが楢崎正剛だ。この強靭なセンターラインが名古屋の強さのベースにある。マリノスは相変わらず2トップの関係性がスムーズではなく、相手に驚異を与えることができなかった。失点後はしばらく名古屋に押し込まれ、苦しい時間帯を過ごした。

そんな状況を一変させたのは中村俊輔の左足だった。樋口監督は失点直後に齋藤学をピッチに送り込み、攻撃的な陣形にシフトしたことで、マリノスは少しずつ反発力を高める。59分には齋藤が単独突破でCKを獲得。このあたりから少しずつ流れを呼び込み、63分のCKから同点ゴールが生まれる。「たいしたCKではない」と話す中村の目は真剣そのものだが、それでも相手にとっては驚異だ。名古屋のゾーンディフェンスを無力化する高精度キックと、ここぞの場面をきっちり決めるマルキーニョスの決定力。チームアシスト王からチーム得点王という王道が屈強な選手を揃える名古屋相手に開通した。

これで試合をひっくり返したが、今年の樋口監督は同点では満足しない。この姿勢が吉と出たゲームもあれば凶と出たときもあるのだが、今シーズンは首尾一貫して勝ち越しを狙う。その思いが結実したのが74分のこと。名古屋の直接FKを榎本がキャッチし、左サイドを駆け上がった小林祐三にスローイン。小林は前後を挟まれたが「プロになって初めてやった切り返し」で相手をかわし、右サイドへ開くマルキーニョスへロングパス。マルキーニョスは見事な胸トラップから狙いすましたクロスをファーへ送ると、齋藤学がニアサイドへ走り込んだことで相手DFを引きつけることに成功。兵藤慎剛が冷静なトラップ&シュートで逆転ゴールを決めた。

まるで過去に対戦相手に喫していたような美しいカウンターだった。一度もスローダウンすることなく、常に前方向にボールが動く。すべてのプレー精度が高く、一切の無駄がない。フィニッシュ役を担った兵藤は相手の直接FK時には壁の一角だった選手で、そこから約80メートルを駆け上がった。「ラッキーゴール。みんなで取ったゴール」と謙遜したが、拮抗した試合やタフネスを要求される展開でより輝きを増すのが背番号7だ。今シーズンはその特徴により磨きがかかっている。

逆転に成功し、残り20分程度をどうやり過ごすか。案の定、樋口監督は動けない。正確には動くための駒がいない。DF登録でも天野貴史や奈良輪雄太といったSBがピッチに入る余地はなく、ボランチの熊谷アンドリューも中町公祐の出場停止によって繰り上げベンチ入りしただけ。主に2列目で考えられている佐藤優平は拮抗した展開で経験不足は否めない。

齋藤投入と同時に中村がボランチに入っていたため耐久力に不安を残していた。ダニルソンとのマッチアップは後手に回った印象が否めない。リードを奪ったタイミングで中村と右MF兵藤のポジションを入れ替える選択肢もあっただろうが、最近の中村はサイドではまったく存在感を出せない。守備面でボールサイドに行ききれないため全体のラインが下がってしまう。例えば阿部のアーリークロスからケネディが惜しいチャンスを迎えた前半のワンシーンも、ボールホルダーへのプレッシャーは中村の役目だったが、それを完遂できない。ならば兵藤の守備力を優先し、ポジションを変えないのも理に適っている。

動けなかったに等しい樋口監督の采配だが、結果的には正しかったように思う。動くことも采配、動かないことも采配だ。これまでも述べているようにマリノスの選手層は薄い。栗原勇蔵と中町をサスペンションで欠き、藤田祥史を先発起用して2トップを採用した時点で、実質的な交代カードは齋藤のみ。ほかに選択肢は残されていない。夏に大規模な補強が行われない限り、シーズン終盤も状況が大きく変わることはないだろう。

マリノスが5試合ぶりの勝利を手にできるかどうかは、ピッチ上の11人に託された。対してパワープレーという秘策を持っている名古屋がどのように出るか。そして笛を吹く審判団に委ねられた。

クライマックスに訪れた玉田に対する小林の対応は本当にファウルなのか。現場の感覚で言えば不当な判定だったが、のちに映像で確認すると物理的な接触は確かにある。問題はそれが笛を吹くべき行為なのかということ。当然、試合後の選手たちは判定へ疑問を投げかけたが、不信感を最も露わにしたのは樋口監督である。ベンチ前にあったボトルを蹴ったことで退席処分となった。

その間、榎本は落ち着いた振る舞いでボトルの水を口に含んでいた。判定に異を唱えるのではなく、次のプレーに向けて気持ちを切り替えていた。この数分間を榎本は以下のように振り返った。

「監督が退席処分になったりして、その間に集中できた。自分に発破をかけて、自信をつけることができた。監督が時間を作ってくれたことが良かったのかもしれない」

玉田は得意のコースに納得できる軌道のボールを蹴ったという。対して、榎本はパーフェクトなセービングでボールを弾き出した。PK前の冷静な振る舞いとは対照的に、ストップ直後に派手なガッツポーズを繰り出す背番号1が頼もしく映った。

苦しんだ末の勝利だからこそ価値がある。劇的な勝利は勢いとい付加価値も期待できる。[4-4-2]の成否云々ではなく、パッションあるゲーム運びで勝ち切ったことは評価に値する。4試合勝ちなしのチームが自信を取り戻すには十分なゲーム内容だった。

この日の勝利で5月に入ってからの成績を1勝1分1敗とした。対戦相手にはその時々でそれぞれの事情があるとはいえ、ことマリノス戦でのパフォーマンスは総じて高いレベルを誇っていた。そういった類のチームと対戦しての五分の星取りは悪い結果ではない。いまは4位につけている鹿島アントラーズはもちろん、中位でもがいている柏レイソル、そして下位に沈んでいる名古屋にしても、マリノス戦で見せた力はリーグトップクラスに値する。

今月ここまでの成績は、少なくともマリノスのチーム力が現在のJリーグで優勝争いできるレベルにあることを示唆している。

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