久保憲司のロック・エンサイクロペディア

【世界のロック記憶遺産100】 伝説のLAパンク・バンド、スクリマーズを聴け! (久保憲司)

 

世界のロック記憶遺産100ピクシーズ「サーファー・ローザ」は90年代の音の先駆けだったと書いた。気が狂ったようなブラック・フランシスのヴォーカルとキム・ディールの包み込まれるような女性ヴォーカル、音もそれに合わせたかのような動と静が交互にくる感じ、これはドラッグでいうとジョン・ベルーシーが命を落としたスピードボールの感覚、アッパーなドラッグとダウナーのドラッグを同時にやる感じ、僕はアッパーなドラッグしか好きじゃないので、スピードボールをやる感じが全く理解できないというか、アップとダウンを一緒にやってしんどい思いをして、その先に快楽が待っていると思う発想が全く理解出来ない。いま若者の間で流行っているケタミンなんかも全く理解出来ない。眠たくなるのを我慢したら、その向こうに快楽があるとか、僕は寝るほうが楽だから寝てしまいます。

ピクシーズの影響されたニルヴァーナの静と動が交互にやってくる演奏を体験していると、スピードボールじゃなく、LSDで飛んでいる感じを上手く再現しているなと思っていた。どこまでも飛んでいって、うわっ、うわっ、すいませんもう一生LSDなんてやりませんと思っていると、なんかすごく落ち着いてきて涅槃(ニルヴァーナ)にいるような桃源郷でカムダウンしていると、またシュワ・シュワ・シュワと上がっていく、このジェット・コースターみたない飛びはいつまで続くんだろう、俺はもう一生普通の生活には戻れないなという感じを上手く表現しているなと思った。

パンク世代もついにLSDなんだなと思っていた。あの頃の一番安いドラッグはLSDだった。スピードよりもアルコールよりも一番安いドラッグだった。イギリスは3ポンド当時の感覚だと千円くらいかな、アメリカは3ドルだった)、小さいLSDの紙を剃刀で4等分すれば、たった3ポンドで4回も遊べたのだ。多分今も同じ値段じゃないかな。

ヒッピー革命の象徴だったLSDも、不良少年たち(ルーザー)が安くで遊ぶ道具となったのだ。

 

マドンナの『レイ・オブ・ライト』は彼女のケタミン体験から生まれた傑作なので、ケタミンもそれなりに音楽シーンに貢献したわけですが、ケタミンでドヨーンとした向こうの方から、光が差してくる感じに神様を見たという感じは良く分かるんですけど、というかまさにこう書いた通りの音なんですが、ドラッグをやらないと神様を見れないもんなんですかね。僕なんか朝日がじんわりと登ってくるのを見ると神を感じますけどね。でも僕はそう感じても作品には出来ない訳で、マドンナの方が僕よりも何百倍も偉い訳で、色んなことに悩み苦しんで作った名盤『トゥルー・ブルー』からマドンナは成長したなと思います。

でもダウナーのドラッグが流行っていいことなんか何一つないです。今の音楽シーンのドヨーンとした感じケタミンの影響なんでしょうね。マドンナももうケタミンなんかに救いを求めてなく、やっぱエクスタシー(MDMA)よと自分の名前とMDMAをひっかけたアルバム『MDNA』を5年前に出しますけど、それはちょっと言い過ぎでしたよね。ほっといたれよという感じでした。

ミレニアムくらいからずっとドヨーンとしちゃっているんです。長いです。もう17年もドヨーンとしているわけです。

そんな中で、どんどんマリファナが解禁されていっているアメリカでどのような音楽が生まれるか楽しみですが、マリファナも基本ダウナーのドラッグなんで、音楽シーンにはあまりいいを影響を与えないと思います。

僕が音楽を聴きだした頃もドヨーンとしていたわけです。しらけ世代というやつですか、皆さんベルボトムのジーンズを履いて、髪と髭を伸ばして、シンナーを吸っておられました。もしくはブロンの一気飲みとか、中島らもさんとかを見て、なんでこんな下らないドラッグをやっているんだろう、なんでちゃんとしたドラッグを手に入れないんだろう、俺手に入れてあげれるけどな、でも年上の人に「もっとちゃんとした薬持ってきましょうか」というのも失礼かなと思ってました。

僕は子供の頃、ドラッグに翻弄される大人たちを見て、バカだな、そんなにトブことが大事かと思っていました。その頃の僕はパンクという最強の思想を知って、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンの「ドラッグなんかやっている暇なんかない」という言葉に感化されていた。ジョニー・ロットンがそんなこと言ったかどうか定かではないのだが、彼が言ったのは「セックスなんて退屈だ」という発言だった。パンク以前のセックス・ドラッグ・ロックンロールなんてカッコ悪いと思っていたのだ。若かったのでセックスは興味深々だったのですが、ドラッグなんかに時間を割かれている暇はないと思っていたのです。

 

 

セックス・ドラッグ・ロックンロールに変わるものとしてあの頃のパンクが夢中になっていたものといえば、踊ることです。シド・ヴィシャスが発明したというポゴ・ダンスです。アフリカのマサイ族のようにジャンプする踊りです。ステージが見えにくいと前にいる客の肩を跳び箱のように使ってジャンプする嫌がらせダンス、これが人と人が殴り合うスラム・ダンスに発展して行ったのです。ポゴだけじゃない、なぜかみんな癲癇持ちのように痙攣ダンスをしだした、世界中で同時多発的に起こった。その中でも一番痙攣ダンスの音楽といえば、LAの伝説的なエレクトロ・パンク・バンド、スクリマーズだ。

 

 

続きを読む

(残り 395文字/全文: 2741文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ