【無料公開】日々雑感—阿部勇樹—Jリーグを獲る

専心する

2012年2月12日。アルベルト・ザッケローニ監督から招集を受けて日本代表に加わっていた阿部勇樹は、左足ふくらはぎに違和感を覚えてチームを離脱した。

その約1か月前、彼は断固たる決意を抱いていた。

「代表は、あらゆるサッカー選手にとって目指すべき夢。自分ももちろんそうだったし、だから2010年の南アフリカではできる限りのことをしようと情熱を傾けた。でも今はもう、日本代表は他の若い選手に任せるよ。情熱? 全然無くなってないよ。むしろ今はサッカーに全力で打ち込みたいと思ってる。自分はひとつのことにしか注力できない性格だから、同時にふたつの夢を追い求めるのは無理なんだよ。だから、これからの俺は浦和レッズのことだけを考える。Jリーグを獲りたいんだよ。この浦和でね」

ザッケローニには正直に自らの思いを伝えた。それ以来、代表から招集が掛からなくなった。それでいい。それでいいんだ。この時から、彼は精魂を込めて、浦和と共に歩む覚悟を決めた。

2016年6月16日。広島。

敗戦翌日の選手たちは、必要以上に笑い声を上げて場のムードを盛り上げているように見えた。特に累積警告で出場停止だった森脇良太はチームに再合流した後、愛嬌たっぷりに仲間とじゃれ合っていた。ああ見えて森脇は気配り屋だ。本来は無骨で生真面目なのに、率先していじられ役を買って出る。

李忠成と武藤雄樹は、あえてチームの輪から離れて思案していた。リーグ戦4試合連続ノーゴール。攻撃の担い手であるふたりは痛切に責任を感じているようだった。危機を救うために、今こそ自らの力を還元させねばならない。連係、個人技術、意識付け。あらゆるファクターを駆使して、状況を改善しなくてはならない。無言で佇むふたりの背中が、そう叫んでいた。

ベンチ入りするも不出場に終わった梅崎司は、最後までグラウンドに残ってジョギングとダッシュを繰り返していた。彼はいつも言っている。

「自分は雑草。試合に出られないのは自分の実力が足りないから。だったら努力するしかない。他の選手が100メートル走ったら、自分は200メートル走る。1キロ走るなら2キロ走る。誰よりも練習しなくちゃ、サッカーが下手な俺に挽回できる余地なんてない」

言葉は発さず、態度で示す。悔恨する前に努力する道を選ぶ。それが梅崎司という人物の生き様でもある。

チームメイトの様々な仕草を、観察している選手がいる。阿部勇樹だった。

ピッチ際に腰を下ろして周囲を見渡す。

『アイツ、落ち込んでいるかな』。

『全然言葉を発してないな』

『足が痛いんじゃないかな?』

『何であんなに笑ってるんだろう』

『うるさいな、モリワキ』……

チーム全員でランニングする時、阿部は日によって走る場所を変える。風を切って先頭に立つ時もあれば、最後尾で悠然と歩を進める時もある。

「先頭に立つ時は、『負荷を掛けるぞ』って合図。一番後ろの時は、仲間の様子を観察してる。真ん中にいる時は、皆の会話に聞き耳を立ててるのかもしれない。その時、その時で場所を変えてるよ」

先日、湘南ベルマーレから浦和へ完全移籍した遠藤航とキャプテン論に興じた。

「僕は少年時代からチームのキャプテンを務めてきたんです。僕はどちらかというと、要所で皆に何かを言う方かな。『こうしたほうがいい』とか、『もうちょっと集中しよう』とか、結構遠慮なく言ってしまうタイプ。でも、阿部さんは違いますよね。基本的に何も言わない。でもね、僕、何となく分かるんです。キャプテンとしてチームを束ねる中で、何も言わないって、実は一番大変なことなんだと」

観察する

レスター・シティに在籍していた2011年当時、阿部は酒が苦手だった。

「嫁の親父さんがビール好きで、生ビールを美味しそうに飲み干している姿をよく見ていた。たまに奥さんの実家に帰ると、親父さんにビールを勧められるのよ。でも、ビールって苦いでしょ。あれのどこが美味しいんだろうって思いながら、それでも我慢して少しだけ飲んでた。でも、やっぱり苦手だね。ビールも焼酎も、ウイスキーも。お酒って、一体何の役に立つんだろう?」

そんなことを言っていたのに、今の阿部はほどほどにお酒を飲む。焼き鳥とビールの組み合わせがまんざらでもないことも知った。今は阿部自身がチームメイトの何人かを誘って焼肉屋や居酒屋へ行く。そこで仲間を観察する。『何に悩んでいる?』、『体調が悪いのかな?』、『チームへの不満はある?』…

『なんだ、お酒って、結構役に立つんだね』そうやって阿部自身も、日々成長を果たしてきた。

2016年5月29日。Jリーグ1stステージ第14節・サガン鳥栖戦終了後。スコアレスドローで終えた選手たちの足取りは重かった。それでも敗戦した時やチーム状態が悪い時、キャプテンは率先してメディアの前に立つ。複数の記者に取り囲まれる中で、粛々と言葉を紡ぐ。

「こういう試合はセットプレーを含めて1点を取ることができれば楽になれたと思います。厳しい試合でも、その中で勝点3を取っていかないといけないので。その意味では今後に繋げないといけない勝点1になったと思います」

囲みが終わり記者が捌けると、彼が目の前に寄ってきた。「苦しい試合だったね」と問いかけると、彼は苦々しい表情を浮かべてこう漏らした。

「うーん、駄目なんだよ、やっぱ駄目。さっきは『勝点1を次に繋げる』なんて話もしたけど……。1しか取れなかった。引き分けじゃ駄目なんだよ。反省する」

たぶん、仲間にも言わない。しかし阿部には分かっている。改善すべき点があることを。

2016年6月11日。Jリーグ1stステージ第15節・鹿島アントラーズ戦終了後。チームが敗戦した時は、やはり阿部と話す。

「キャンプから続けてきたことを、もう一度思い出してね。続けていく。やり続けていく。それが勝利への道筋だから」

阿部自身にも疲れが見える。明らかに疲労を抱えている。しかしシーズン中は絶対に弱音を吐かないから、こちらが『疲れている?』と聞くと、必ず「全然」と答える。2012年初頭に浦和に帰還してから、彼が「疲れた」と答えたのはシーズン最後の公式戦終了直後だけ。この時だけは1年間我慢していた言葉を一気に吐き出す。

「いやー、疲れたよ。疲れてるに決まってんじゃん。毎日走ってんだよ。当然じゃん。あー、疲れた。疲れた、疲れた」

笑いながら。それでも結果を残せず、悔しそうに。そんな言葉などないが、『悔し笑い』。

もはや定型句だが、鹿島戦後にも聞いてみた。

『疲れてる?』

「全然」

『でも、最近は試合前日の練習でミニゲームに参加せず、別メニュー調整してるよね?』

「ああ、あれは自分が前日にミニゲームに参加しなくなってからチームが勝つようになったから続けてただけ。でも今日負けたから、もう止めるよ。来週からは前日のミニゲームもやる」

翌節のガンバ大阪との対戦前日、阿部は久しぶりにミニゲームに加わり、仲間とボールを追っていた。

決意する

おそらく今、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督体制の浦和はチーム結成以来最大の正念場を迎えている。ナーバスになった監督は極端に口数が減り、選手は必要以上に声出ししている。強き者は苦しい時にこそ、その真価を発揮する。試されている。今、4年前の、阿部の言葉を思い出している。

2011年は、浦和レッズに携わる人々が同じ方向を向けなかったから苦しい思いをした。でもね、それは誰のせいでもないんだよ。あえて言えば、このクラブに関わる者全ての責任なんだと思う。クラブフロント、監督、選手、サポーター、メディアも。このクラブを愛する者たちが再びひとつにならなきゃ、このチームが生き返ることなんてできない。自分がこの場所で生きる意味はひとつだけ。思いを集約して、共に闘うことしか、俺にはできないから」

意味を違えてはならないのは、彼はチーム、選手への賞賛だけを得たいのではなく、批判も受け入れ、切磋琢磨し合うことが必要だと理解している。

ある試合で敗戦した時、彼はこう言ったこともある。

「今日は俺のプレーが悪かったから負けたって書いてよ。俺、全然良くなかったもん。他の選手は良かったよ。俺が悪かったから負けた。そう書いてね」

矢面に立つことを厭わない。チームのためになるならば、身を挺してでも先頭に立つ。

どんなに時を経ても、彼の想いは変わらない。今の浦和レッズは正念場に立たされている。だからこそ、阿部勇樹は敢然と立つ。

イングランド・レスターで彼が宣言した言葉は、決して色褪せない。力強く堂々と、チームを牽引すると、その態度で、その佇まいで、揺るぎなき意志を示す。

『このチームで、Jリーグを獲る』

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