赤鯱新報

【赤鯱探訪】久場光編①「名古屋は“幸せ度”がすごかった。もっと頑張れば良かった」

エスペランサFC 久場光コーチ/クリニックマスター
(2009~2011 名古屋グランパス所属)

田口泰士と同郷、同級生、そして同期加入の俊足ドリブラーを憶えているだろうか。前回、松尾元太さんの取材の中で「アイツも頑張っている」と聞いて、どうしても話を聞きたくなってしまった。知人の伝手を頼って連絡先を知り、取材をお願いしたところ「いいっすよ、平日ならいつでも」とご快諾いただいたというのが事の経緯。短いプロ人生を振り返り、「あの頃の自分は気取ってた。サッカーに懸けていなかった」と穏やかに語る久場光さんは、今は地元沖縄でサッカー少年の育成に汗を流している。沖縄の人らしい会話の軽さと、それでいてにじみ出てくるサッカーへの愛情。2010年優勝メンバーのひとりは今、第二のサッカー人生を楽しんでいる。

「名古屋は“幸せ度”がすごかった。もっと頑張れば良かった」

Q:まずは名古屋時代のことから伺っていきます。2009年から3年間をグランパスでプレーするわけですが、どんなことが思い出されますか。
「そうですね…あまり憶えてないっすね(笑)。名古屋にいた頃はまだ若かったので、ずっと怒られていました。久米(一正)さんとかに。『沖縄に帰れ!!』って何回も言われました。たぶん、僕が一番怒られてたんじゃないかな。一緒に加入したメンバーの中では」

Q:それはピッチ内外で?
「特に生活面の方ですね。子どもでしたね。寮の食事とかも食べないと『×』をつけるんですけど、よく×つけて呼び出されて怒られていました。今思えばだいぶありがたいことですよ、その当時は怒られてばかりでしたが」

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