「GELマガ」鹿島アントラーズ番記者・田中滋WEBマガジン

安部裕葵を動かす2つのキーワード/【家族の風景】

 安部裕葵のメディカルチェックが終わり、FCバルセロナと正式契約を結んだ。契約期間は4年。ここからどこまで羽ばたいていけるかたのしみに待ちたい。

 

 

 鹿島を離れる前に行われた12日の会見には数多くのメディアが訪れた。安部は詳しい契約内容は明らかにしなかったが、行き先がバルセロナBとはいえ、実力が認められればすぐにでも昇格できる立場にある。メディアの注目度が高くなるのは当然だった。

 

 安部は今年から10番を背負ってプレーした。しかし、明治安田J1リーグ戦での先発は6試合に留まり、奪ったゴールも1つだけ。飛躍を期待されたシーズンでその期待を大きく裏切ったことは否めない。昨シーズン途中、強化部に対して「チャンスがあれば海外に挑戦する」と伝え、冬にも改めて「夏に出ます」と伝えていた。与えられた10番のユニフォームをわずか半年で脱いでしまうことについては批判も免れないだろう。

 それでもスペインに渡ることは彼のサッカー人生を大きく変えるだろう。たとえ“B”だとしても、これ以上ない行き先になるかもしれない。

 「去年の途中あたりからサッカーがすごい好きになって」と安部は言った。もちろん、それまでサッカーが嫌いだったわけではない。ただ、小学校に行く前から2つ歳の離れた兄の影響でサッカーを始めた安部にとって、サッカーは人生の一部となっていた。

 プロサッカー選手を意識するようになったのはいつかと訊いたとき、次のように答えた。

「中学くらいのときからですね。もしかしたら、サッカー選手になろうとは意識してなかったのかもしれないです」

 その理由が彼らしい。

「自分の人生が、サッカーをやる環境にいたので。サッカーをやっている、そういうレールに乗っていた。だったら、それをやるのが当たり前ですよね。学校にいるときはしっかり勉強する。、では大学に行けるようにしっかり勉強する。サッカーをやっているときはサッカーがうまくなるようにしっかり努力する。それをやっていたら自然とそういう道が見えた」

 そして、瀬戸内高校に進学し、鹿島からオファーをもらいプロになったのである。整った外見と高い技術が彼のことを天才肌の選手に仕立て上げるが、典型的な”雑草型”の選手なのだ。

 つまり、彼がまだまだ戦術的な素養に乏しく、専門的な教育を受けてこなかったことを意味する。

「今まではただボール追いかけてがむしゃらにしかやってこなくて。小中高とそういう気持ちはずっとありましたけど。戦術とかは全然経験してこなくて。もっとサッカーの本質というか、そういうものを学びたいってのを強く思っていました」

 だからバルセロナからのオファーには驚いたのだ。

「すごいうれしかったですよ。意識して(ポジショニングなどに)こだわっていたので、本当にびっくりしました。こんなことあるんだなって」

 

 

 頭脳明晰で大人びた発言が多いことから、戦術的にも洗練されたイメージがあるかもしれないが、そこがいちばん荒削りな部分だろう。原石のままと言ってもいいかもしれない。

 それだけでなく、安部裕葵という人物は意外と理解されていないように感じる。彼がどういうサッカー選手なのか2つのキーワードから読み解いていきたい。

 一つ目が、 会見のなかで何度も何度も使った「成長」という言葉だ。人は人生に様々なものを求めるなかで、彼は成長を求めてきた。

 

(残り 3314文字/全文: 4775文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック