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「川崎フットボールアディクト」

「石崎信弘、監督に就任」/2001年7月18日 麻生練習場【経験は歴史に】#4

※写真は撮影日不明。

フロンターレの歴史を振り返る際に忘れてはならないのが2001年7月から2003年まで指揮をとった石崎信弘監督(当時)の存在だ。結果的に石崎監督はフロンターレをJ1昇格に導くことはできなかったが、今に続くフロンターレの強化の礎を築いた監督としてその名をフロンターレの歴史に刻んでいる。

その石崎監督がフロンターレの監督に就任するとして会見を行ったのが2001年7月18日のこと。石崎監督は2001年シーズンを大分の指揮官としてスタートさせていたが、成績不振を理由に5月に解任。その後フリーの立場になっていた。

この解任について石崎監督は、時間がもらえたと考えスペインに指導者の勉強に行く手はずを整えていた。ところが急転直下フロンターレから監督のオファーが来たためスペイン行きをキャンセル。このオファーを受けている。

そのときの会見を取材していたので、お知らせしたい。

■練習メモ
・メモに残っていたフォーメーション図。

・メモ
1時間半、方向性を出す。
「やりやすいようにしてくれ。今日から体制変わって前向きに」

塩川
「久しぶりにきつい練習でした」

オニキ
「今までとは違いますね」

なお、練習メモに「ワレにびびる」と書き残していたのだが、これは石崎監督が選手に対して使う「ワレ」という言葉に選手たちがビビっていてメモしたもの。
この場面は薄っすらと覚えているのだが「ワレ」と言われた選手が塩川に対して「あれは怒ってるの?」と聞いていていた。確かに初めて「ワレ」と言われた選手は怖いかもしれない。

ちなみになぜ塩川に聞いたのかというと、山形と大分とで石崎監督と共にプレーした経験がある選手だから。

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