『J番記者による大忘年会2017』~タグ祭り!~12/18渋谷で開催

デジタルピヴォ! プラス

引退試合を開催する奥田亘を写真と文章で振り返る(2017.7.17 19:30kick off マグフットサルスタジアム)


写真は奥田亘の最後のゴール。
SuperSports XEBIO Fリーグ2016/2017 第31節
シュライカー大阪 5-4 湘南ベルマーレ
2017年2月4日(土) 大阪市中央体育館 観客数:2,040人
3-0 14分28秒 大阪 9 奥田亘

【引退試合】奥田 亘 引退試合 開催!!

昨年に現役引退をされた奥田亘選手の引退試合を開催です!
”シュライカー大阪No.9”の姿がもう一度ピッチに戻ってくる
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大会名    奥田亘 引退試合

開催日    2017.7.17(月・祝)

時 間    19:30kick off

会 場    マグフットサルスタジアム

入 場    入場無料

対戦カード  SHRIKER LEGENDS(シュライカー大阪OB)
vs
CAOS FRIENDS
(奥田亘氏と同じ時代にフットサル界を背負った仲間たち)

参加メンバー ≪カッコ内は元所属チーム≫

※順不同、敬省略
村島 武(シュライカー大阪)
戌谷 進(シュライカー大阪)
原田 健司(シュライカー大阪)
鈴木 磨人(シュライカー大阪)
永井 義文(シュライカー大阪)
山本 信吾(シュライカー大阪)
一木 秀之(シュライカー大阪)
矢野 琢也(シュライカー大阪)
瀬戸 彬仁(シュライカー大阪)
加藤 翼 (シュライカー大阪)
宮竹 晴紀(シュライカー大阪)
江藤 正博(湘南ベルマーレ)
武石 高弘(バサジィ大分)
松岡 郁 (MAGフットサルクラブ)
榮本 信明(MAGフットサルクラブ)
湯川 俊樹(MAGフットサルクラブ)


引退セレモニーより(Fリーグ2016/2017 最終節)

引退試合を開催する奥田亘を写真と文章で振り返る。

まとめ◆デジタルピヴォ! 古澤

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奥田亘
生年月日:1984年1月21日

出身地:大阪府
経歴:初芝高→龍谷大→HIRANO Futsal Club→MAG’S FUTSAL CLUB→
シュライカー大阪→バサジィ大分→シュライカー大阪
初出場:2007年9月23日 ペスカドーラ町田戦

「やり切った気持ち。うれしさとこれで終わってしまう寂しさとひと言ではいえないような入り交じった感じですけど、何よりもこのメンバーで優勝できて、それが一番うれしいという気持ちが一番強いです
奥田の昨シーズンの全日本選手権決勝を終えた直後の気持ちであった。

2016/2017シーズン、奥田は1年間まずケガなくやり抜くことを目指した。ケガなくやれた中で、シーズン当初に比べ、1度中盤まで疲れは出た中、終盤に来てコンディションは上がり、ひざの状態もいい中、コンディションは問題なく、プレーオフファイナルを迎えることになった。
奥田はFリーグ10年間の中で特に記憶に残っていたのは自身が前回出たFリーグ2014/2015powered byinゼリー プレーオフFinal Round・名古屋オーシャンズ戦であった。その中で悔いを残した中で(対戦相手もチームメイトも異なるとはいえ)リベンジを果たすチャンスを得た。

2015年12月18日にシュライカー大阪で再契約を果たした際、木暮監督は奥田について以下のように語った。「全日本選手権での復帰を目指してもらっている。13人目の選手が必要」。評価をしている部分としては「ここぞというときの勝負強さ」であった。その勝負強さとはプレーオフでの印象が強かったのだという。

リーグ最終節で行われた引退セレモニー後にリーグ戦最後の試合の振り返りとプレーオフへの意気込みは以下であった。「最後のメンバーに入れるかわからない中で切磋琢磨やってきた中、メンバーに選ばれたからにはチームのために100%プレーしようと思いました。いつもチームのメンバーに助けられました。紅白戦からみんな出ているメンバーを越えるという気持ちで1人1人プレーしていてより競争が生まれました。人間なので浮き沈みもある中、声をかけあってメンバーに支えられました。選ばれたからにはその人たちの気持ちも背負って全力で戦いました。自分たちがかかわっている人たちや子どもの前でプレーすることができました。2年前からずっと1つの原動力であるプレーオフがあるので、まずはメンバーに入ってチームのために戦い、勝って、優勝してみんなで笑って終わりたい」です。

そういった気持ちで臨んだ中でプレーオフファイナルに勝利をし、リーグ優勝を果たした後に全日本選手権を優勝した中、奥田は涙がこみあげた。試合終了後、対戦相手との握手のときは満面の笑みであったが、サポーターの前にいくと我慢できずに自然と涙を浮かべていた。
「ここ2、3年はケガも含めて個人としては浮き沈みの激しいシーズンを送っていました。順風満帆というよりは厳しい時期が続いていましたが、声をかけ続けてくれたり、応援をしてもらえるというのは当たり前のことではないのでそういった意味で自分がシュライカーのユニフォームを着て応援してもらえるというのは本当に感謝していますし、それはこういう優勝してみんなで喜べるときに少しでも応援してよかったと思ってほしいという気持ちがあるのでみんなでああやって笑顔で喜んだり一緒に写真を撮ったりというのが僕なりの最大の恩返しですので今まで本当にありがとうございましたと伝えたいです」という言葉に集約されていた。

 

https://www.targma.jp/pivoplus/2017/03/21/post34204/

 

「順風満帆というよりは厳しい時期が続いていました」とあるが、その言葉にはケガが切り離せない。そして、奥田はインタビューに答えるたびに周囲への感謝や気遣いの気持ちがあった。

「ケガは僕の場合は大きなケガで、選手を続けるべきか、辞めるべきかという選択の中、続けたい気持ちがありました。結果2回ケガしていますが、自分1人ではできなくて、メディカルスタッフや選手・チーム関係者・ファン・サポーター・スクール生の声かけによって前に向けたのかなと思います。ちょっとした声かけ1つ1つが原動力で、自分1人では何もできなかったです。本当に感謝しています

そのケガに対しても「悩んだり葛藤して成長していると思っているのでネガティブなことだけではないです」と整理していた。

(残り 2673文字/全文: 5276文字)

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