久保憲司のロック・エンサイクロペディア

レイシー・ソーン『ア・ディスタント・ショア』 パンクから起こったこの素晴らしい科学変化。何十年ぶりかに聴いてもその新鮮さは失われていない (久保憲司) [世界のロック記憶遺産100]

 

今週のヘッドハンター “コナー・ヤングブラッド『Cheynne』」で、ベン・ワットの傑作『ノース・マリン・ドライブ』について触れたので、その相方トレイシー・ソーンの『ア・ディスタント・ショア』について。

 

 

この二人はのちにエブリシング・バット・ザ・ガールを結成するのですが、その二人が出会う前、ちょうど出会う頃に、この二つのアルバムは作られ、リリースされました。

 トレイシーは自伝「ベッド・ディスコ・クィーン:ハウ・アイ・グルゥ・アップ・アンド・トライド・トゥ・ビー・ア・ポップ・スター」で“私の初めてのソロ・アルバムと言っていいのか、ソロ・ミニアルバムと言った方がいいのか”と謙遜しているが、この8曲20分くらいのアルバムとベン・ワットの『ノース・マリン・ドライブ』が与えた衝撃は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファースト・アルバムと同じくらい意味を持つのではないかと、このごろじわじわきています。ということはセックス・ピストルズのデビュー・アルバム(そろそろこのアルバムについてちゃんと書かないといけないですね。)と同じくらい重要だということです。この二つのアルバムが後のポスト・パンクを変えて言ったと言っても過言ではないのです。

日本でいうと、ここから渋谷系が始まったと言っていいかもしれないです。ボサノバですよ。ジャズですよ。ベレー帽、シマシマの服。

日本でこの2枚のアルバムがリリースされた82、3年頃って、こういう音楽はカセットに録音されて、オシャレなブティックで流れていました。あの頃は誰もお店にターン・テーブルなんか置いてなかったな。あの頃にタイム・トラベルして、ターン・テーブルとでっかいスピーカーを置いたセレクト・ショップ(なんて言葉はなかったと思う)をやれば俺はカリスマ・オーナーになれるのかな、いや、ターン・テーブル置いても「ロック喫茶かよ、ダセー」と言われたでしょう。ディスコでDJがまだマイクで「リクエストある方は紙に書いて持ってきてください」とエコーをきかして喋っていた頃です。

 

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