監督・永井秀樹は稀代のロマンチストかリアリスティックな戦術家か(J論)

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青山敏弘物語〜逆境〜 第14章/1トップ2シャドー

 

初めての1トップ。佐藤寿人は戸惑いを隠せなかった。

「おそらく、世界でもっとも背が低い1トップじゃないですか」

練習後、彼は首を振りながら、苦笑いを浮かべていた。それまでミハイロ・ペトロヴィッチが採用していたのは2トップ2シャドー。1ボランチの青山敏弘を助けるため、シャドーの森崎浩司が自主的にボランチに下がってサポートしたことはあるが、前に選手を数多く配置することで攻撃に力をかけようという指揮官の意思が、色濃く表現されていたシステムだ。

しかし、2007年第22節の対横浜FM戦で、得点源のウェズレイが出場停止。ペトロヴィッチ監督は思案の末、フォーメイションをいじった。寿人を1トップに据え、シャドーに浩司と柏木陽介。ダブルボランチに青山と戸田和幸を起用し、戸田が務めていたリベロにストヤノフが入った。そう。2008年徳島戦から再び採用され、時代を席巻した3-4-2-1フォーメイションは、この試合で初めて生まれたのである。

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