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宇都宮徹壱ウェブマガジン

バスを囲めばチームは強くなるのか? 相良純真(URAWA BOYS創設者)✕ロック総統<1/4>

 かねてより予告していたとおり今週は、URAWA BOYS創設者の相良純真さんとロック総統による特別対談お送りする。日本で最も多くのファンを有するビッグクラブを黎明期から見つめてきた伝説のリーダーと、故郷・宮崎のJFLクラブを愛し続ける「革命家」。およそ接点のなさそうな両者に今回、サポーター談義をしていただいたのは、最近の浦和サポーターをめぐる一連の「騒動」が気になっていたのがきっかけだった。

 川崎フロンターレに1-4で敗れてバスを取り囲んだ件。アルビレックス新潟に逆転勝利した試合後に「We Are Diamonds」を歌う・歌わないでサポーターが分裂した件。さらには上西小百合議員の煽りツイートに一部サポーターが過激に反応した件。もちろん浦和サポーターを十把一絡げに語るつもりはないし、こうした状況に胸を痛めている人たちのほうが多いことも知っている。ただし浦和は巨大な存在ゆえに、良くも悪くも注目され、必要以上に騒ぎが大きくなる傾向が強いのも事実である(上西議員の件は、その典型例)。

 今回の対談は多岐にわたるが、その根底にあるテーマは「サポーターは誰のために、何のために応援するのか」である。サポーターの定義は人それぞれであっていい、というのが私の立場。だが、明らかにクラブのためにならない逸脱した行動をする人を「熱いサポーターだから」と片付けてしまうことには抵抗がある。今回、相良さんには浦和というビッグクラブを俯瞰できる立場から、そして総統にはJクラブのサポーターを客観視できる立場から、それぞれのサポーター論を語っていただいた。

 なお、今回の対談は相良さんが経営する『URAWA POINT』をお借りして行われた。また、対談の内容があまりにも濃密だったので、当初の予定を変更して今週と来週の2週にわたってお届けする。最後までお付き合いいただければ幸いである。(収録日:2017年7月19日@浦和)

<目次>

*実は天皇杯で対戦していた浦和とホンダロック

*Jリーグ開幕前夜のゴール裏の風景

*「サポーター文化を根付かせよう」という共通の想い

*浦和のゴール裏から離れた理由

*選手とサポーターの距離感をめぐって

*僕らがやっていることは自己満足に過ぎない

■実は天皇杯で対戦していた浦和とホンダロック

――今日はよろしくお願いします。浦和レッズとホンダロックSCという、ほとんど接点がなさそうなクラブを応援しているおふたりですが、実は過去に天皇杯で対戦しているんですね。この試合、現地でご覧になっていました?

総統 もちろん見ています。0-9でホンダロックSCが負けた試合ですね。

相良 先日(7月17日)、引退試合をした鈴木啓太のプロ初ゴールが、確かこの試合でしたね(参照)

総統 そう! それで浦和のFWが盛田剛平だったんですよ。で、盛田のヘディングシュートをウチのGKの綾(哲一)っていうのがキレキレのセーブで防いで、それで盛田の尻を「ちゃんと決めろ!」みたいにパンってはたいたんですね。実はふたりはユニバシアード代表でチームメイトだったんです。

――そういう何気ないシーンに着目するのが、いかにも総統らしいですね(笑)。

総統 その綾っていうのが、鵬翔高校から鹿屋体育大を出て、本当だったら余裕でJクラブに行っている逸材のはずなのが、なぜかサッカーを辞めて宮崎市役所に職員として普通に就職したんです。でも、当時のウチの正GKより上手かったから、試合のときだけタダで借りてきて、練習もしていないのに現役時代に鍛えたおつりだけでいいプレーを見せるんですよ。天皇杯の浦和戦も神セーブを連発して、それで盛田のシュートも結構防いだんですけど結果は0-9。盛田も4得点したんですが、綾じゃなかったらたぶん30点ぐらいは決められていたでしょうね(苦笑)。神セーブ連発なのに0-9で負けるって楽しくないですか

――確かに(苦笑)。会場は駒場だったんですか?

総統 そうです。それで思い出したんですけど、アウエーの応援って基本的に「出島」じゃないですか。でも、ウチら実業団だからそういう礼儀を知らずに、2階のスタンド席で応援していたんですね。そしたら下のスタンドに浦和サポがいるという空前絶後の大変珍しい状況で(笑)。

相良 そうだ、こっちが見下されていましたよね。天皇杯だから仕切りがクラブではなく、埼玉県サッカー協会だったというのもあったと思います。

総統 ブロック指定でまとめたほうが仕切りやすかったんでしょうね。当時、ホンダロック社は埼玉に工場があって、工場を止めてみんな応援に来ていたんですよ。あまりにも人数が多くて、僕もびっくりしました。

――何年の天皇杯だったか覚えています?

相良 啓太がいて、盛田が移籍する前だから2000年ですよね。

総統 僕が99年からホンダロックSCの応援を始めて、次の年の天皇杯だから2000年で間違いないです。そういえば、アヤックスから戻ってきたばかりの岡野(雅行)も後半から出てきて「やべえなあ、絶対に振り切られるぞ」って思ったんです。確かにすごいスピードで振り切られるんだけど、そのあとのシュートがまったく得点の匂いがしなかった(笑)。

相良 岡野がすごかったのは、オランダから帰ってきて3試合目まで。そこまでの彼は、マイナスから切り替えして永井(雄一郎)のアシストをしたりして「オランダですごく成長したんだなあ」って感心していたんですよ。ところが3試合目をすぎたあたりから、普通の岡野に戻ってしまって。「お前、馴染むのが早すぎるだろう!」って思いましたね(笑)。

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