今だから明かせるJ2のキーマン対策法。戦術家・北野誠のスカウティングレポート(J論)

宇都宮徹壱ウェブマガジン

イラン戦の快勝、カタール戦の敗北、そして帰国 1月28日(月)~2月3日(日)

1月28日(月)晴れ@アルアイン

 8時30分起床。新しい1週間は、アジアカップ準決勝、対イラン戦の当日である。いつものようにアップされたコラムをチェックしてから朝食。先週の日記のまとめを推敲して入稿後、今日のイラン戦の予習をしてからWMのコラムを途中まで執筆する。

 それにしてもイランのアジアカップでの過去の戦績を調べると、本当に準決勝で勝てていない。なにせ最後に決勝に進出して優勝したのが、1976年だから昭和51年。私が10歳の頃の話だ。当時のイランはまだイスラム革命以前のパフラヴィー国王時代。そうした歴史を踏まえるならば、この準決勝の重圧はむしろ彼らのほうにあるのは間違いない。

 少し早めの14時30分にホテルを出て、15時前に会場のハッザーア・ビン・ザーイドスタジアムに到着。キックオフ3時間前で、すでに多くのイランのサポーターが集まっていた。サポーターのひとりに「ファイブ・ゼロ!」と笑顔で声をかけられる。ふふふ、君たちは歴史を知らないんだな、と思いながら微笑み返し。

 メディアセンターに到着すると、すでに日本とイランのジャーナリストでごった返していた。昼食がまだだったので、メディアセンター提供のパンとコーラで空腹を満たし、今日のコラムの前段部分を執筆。キックオフ1時間前に今日のスタメンを確認して、記者席へ。西部謙司さんと少し雑談。「なんか今日は、勝てそうな気がしますね」という話で意見が一致する(もっとも私は「PK戦までもつれる」と予想していたが)。

 18時キックオフのイラン戦については、こちらに書いたとおり。結果として予感が的中したわけだが、さすがに3-0というスコアは予想できなかった。これで「事実上の決勝」を制した日本だが、本当の決勝は3日後。さすがに慢心することはないと思うが、最後まで気を緩めることなく、ぜひ2大会ぶりのアジア王者に返り咲いてほしいものだ。

 22時に撤収。捕まえたタクシーのドライバーがサウジアラビア出身の人で「イランに勝ったんだってね、おめでとう!」と祝福された。ラウンド16で日本に敗れたサウジだが、やはりイランは不倶戴天の敵ということなのだろう。中東におけるライバル関係と敵愾心というものは、そっくり東アジアの状況を想起させる。どこの国も決して仲が良くないけれど、それでも平和にサッカーが楽しめるのはありがたいことだ。

 夕食はハーフタイムにメディアセンターで急いで食べたので、ホテルに帰着してからはコラムの執筆に集中。午前2時40分にようやく書き終え、推敲に推敲を重ねて入稿する。明日はいよいよアブダビに戻る日だ。午前3時就寝。

土星の1日の長さが判明、太陽系で唯一謎だった

(残り 5451文字/全文: 6558文字)

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