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ブラウブリッツ無敗優勝に「オシムの一番弟子」が思うこと 「秋田スタイル」確立に尽力した間瀬秀一の現在<1/2>

 先週、ブラウブリッツ秋田が無敗でJ3優勝とJ2昇格を決めたことを受けて、YAHOO!個人ニュースでこのような記事を書かせていただいた。秋田の圧倒的な優勝をざっくり因数分解するならば、まず「秋田スタイル」というベースがあり、そこに吉田謙監督によるブレない指導(フィジカル強化と愚直にゴールを目指す姿勢)があった。どちらが欠けても、今回の素晴らしい快挙を成し遂げることはできなかっただろう。

 この「秋田スタイル」を構築したのが、岩瀬浩介社長と間瀬秀一前監督。間瀬さんは2回、秋田で指揮を執っているが(15~16年、18年8月~19年)、両者が「予算が限られる中」「県民にも支持される」「独自のスタイル」を模索するようになったのは、15年のシーズン半ばであったという。余談ながら、岩瀬社長は茨城県出身で、間瀬さんは三重県出身。県外出身者たちによって「秋田スタイル」が模索されたのは興味深い。

 今回の記事を執筆するにあたり、前監督である間瀬さんの証言は不可欠であると考えていた。問題は、昨年いっぱいで秋田の監督を退任して以降、間瀬さんのその後の足取りがつかめなかったことだ。共通の友人である、同業の長束恭行さんに問い合わせたところ「愛知県1部のワイヴァンFCで『ポリバレントコーチ』に就任した」との情報を得ることができた。愛知県1部? ポリバレントコーチ? 相変わらず、こちらの予想の斜め上を行く人である。あらためて、間瀬さんのプロフィールを簡単に振り返っておこう。

 1973年生まれで三重県四日市市出身。日本大育大学卒業後、アメリカ、メキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、クロアチアでプレーして2002年に現役引退。その間に英語、スペイン語、クロアチア語をマスターし、03年からはジェフユナイテッド市原(現千葉)の監督に就任したイビチャ・オシムの通訳スタッフとなる。その後は複数のJクラブでコーチを歴任。14年にS級ライセンスを取得。以後、秋田で2回指揮を執り、その間に愛媛FCの監督も務めている(17年~18年5月)。

 間瀬さんと言えば「オシムの一番弟子」というフレーズが最もしっくりくる。何しろ通訳として、3年半にわたって御大の一挙手一投足を目の当たりにし、やがて自身も指導者となることを決断したのだ。少なくとも、日本人指導者の中で「オシムの一番弟子」と命名することに、異を唱える人はいないと思う。そんな間瀬さんに、古巣の秋田の首位独走に思うこと、そしてご自身の近況と今後のキャリアについても語っていただいた。(取材日:2020年9月29日、リモートにて取材)

<1/2>目次

*なぜ「愛知県1部」で「ポリバレントコーチ」なのか?

*実はアジア圏のナショナルチームを指揮する予定だった

*どうすれば「オシムさんを超える」ことができるのか?

なぜ「愛知県1部」で「ポリバレントコーチ」なのか?

──間瀬さん、ご無沙汰しています。まずは近況から伺いたいと思います。秋田の地元紙によれば、今年の6月12日からワイヴァンFCでポリバレントコーチに就任されたそうですね(参照)。このワイヴァンFCとはどういうクラブなのか、そしてポリバレントコーチというのはどういう役割なのか、教えてください。

間瀬 ワイヴァンFCというのは、トップチームが愛知県リーグ1部に所属していて、将来的にはJリーグ入りを目指しているクラブです。特徴的なのは、育成年代の組織がしっかりしていること。一番下は幼稚園児で、ジュニア、ジュニアユース、ユースがなくてU-22、そしてトップチームです。僕はトップチームだけでなく、育成年代も含めてすべての年代を指導する機会があるので「ポリバレントコーチ」という役職にしてもらいました。

──「ポリバレントコーチ」というのが、いかにもオシムさんの一番弟子らしい命名ですね。また、育成をしっかりやりながらJを目指すというクラブが愛知県1部にあるというのも、今回初めて知りました。

間瀬 クラブの方針としては愛知県、とりわけ三河地方の選手を育てながら、上を目指していくということです。僕以外にもヴィアティン三重の監督をされていた海津(英志)さん、鹿児島(ユナイテッドFC)や(AC長野)パルセイロで監督をされていた浅野(哲也)さん。S級を持った指導者が3人いて、いろんな年代を指導しているんです。なかなかない、ユニークなクラブだと思っています。

──むちゃくちゃ豪華じゃないですか! そもそもワイヴァンのつながりというのは、どこから生まれたんでしょうか?

間瀬 海津さんとのつながりですね。実は僕が卒業した、三重県の暁高校の体育の先生でサッカー部の監督でもあったんですよ。今回のワイヴァンの件だけでなく、僕が愛媛FCの監督を解任になった18年にも声をかけていただいて、一時的にヴィアティンのコーチをやらせていただいたこともあったんです。

──そうだったんですか! これはヴィアティンのサポでも、あまり知られていないんじゃないんですかね?

間瀬 すごく短期間でしたからね。ちょうどJFLのセカンドステージが始まるタイミング(7月8日)で、相手はファーストステージで敗れているFC大阪。この年の大阪は強かったんですよ。それで10日間だけヴィアティンの練習を任せていただいて、その間に相手の分析をしたり、試合中はメインスタンドから連携を取ったりしていました。その試合は21で勝って、それからすぐに秋田から2度目の監督就任のオファーをいただいたんです。

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