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宇都宮徹壱ウェブマガジン

なぜサポーターは「土地」を受け入れられるのか 新春フットボール対談 津村記久子✕宇都宮徹壱

 皆様、明けましておめでとうございます。

 おかげさまで、宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)は今年で5周年。メルマガ時代から数えると11周年となる。思えば2010年、自分がこれほど個人メディアに注力しているとは、想像もしていなかった。当時から、私の主戦場はネットメディアだったが、その間に環境は激変。あの年、ミズノスポーツライター賞を受賞した私も、もし個人メディアを立ち上げていなかったら、とっくの昔にライター業を廃業していたことだろう。

 2021年はWMでの活動を中心としながら、現在進行中の「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集の5月上梓を目指しつつ、さらにはアンダーカテゴリーに関する新たな「事業」を立ち上げることにしたい。これらのプロジェクトについては、より具体化した段階で会員の皆様にグッドニュースとしてお伝えできればと思う次第。そのためには、私自身がこの業界でしぶとく生き残っていかなければならない。そんなわけで2021年(令和3年)も、当WMを宜しくお願い申し上げます。

 さて、今回は元日にふさわしく、豪華なゲスト。芥川賞作家であり、2部リーグのサポーターの物語を綴った『ディス・イズ・ザ・デイ』の作者としても知られる、津村記久子さんとのリモート対談をお届けする。津村さんは1978年生まれで、大阪市出身。2005年に小説家デビューを果たし、09年に『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞を受賞。その後も多くの文学賞を受賞し、19年には『ディス・イズ・ザ・デイ』が第6回サッカー本大賞に輝いている。

 私と津村さんとの出会いも、この『ディス・イズ・ザ・デイ』がきっかけだった。18年には大阪にて、津村さんに著者インタビュー。19年のYFFF(ヨコハマ・フットボール映画祭)では、津村さんとロック総統による異色トークイベントMCを担当させていただいた。当WMでの登場は、今回が3回目となる。

 今回の対談は、拙著『フットボール風土記』の「土地とフットボールの物語」というテーマが、津村さんの『ディス・イズ・ザ・デイ』の世界観に通底しているところから企画。ダメもとで提案したところ、幸いにして津村さんに快く引き受けていただいたのだが、実はもうひとつ、当企画を後押しした大きな要因があった。それはいわゆる「大阪都構想」の賛否を問う2度目の住民投票である。

 WM編集部の森衿子さんが教えてくれたのだが、実は津村さん、生まれ育った大阪の地を離れて兵庫県に引っ越したのだという。送ってくれた新聞でのインタビュー記事によれば、転居を決断した大きな理由は「住民投票を始めとした、終わりのない政治的駆け引き」。これまで、さまざまな形で「土地と人の物語」を紡いできた津村さんにとり、極めて大きな決断だったに違いない。今回の対談では、その話題からスタートする。(収録日:2020年12月18日。Zoomにて対談)

今回の対談は1月3日23時59分まで【無料公開】とします。

<目次>

*「大阪都構想」の本質的な問題はどこにあるのか

*一極集中を是正するには「空港を潰す」しかない?

Jクラブのサポーターが「幸せそうに見える」理由

*スタジアムで語られる言葉に「耳を傾け続けたい」

「大阪都構想」の本質的な問題はどこにあるのか

──今日はよろしくお願いします。津村さんは『ディス・イズ・ア・デイ』発表後も、さまざまな土地を訪れては、取材やサッカー観戦を重ねているそうですね。ただし今年は、外出が厳しく制限されていたので、なかなかそうした機会はなかったと思いますが。

津村 最近は試合には行けていないし、あまり遠出ができていませんね。2月と10月に仕事で東京に行ったぐらいです。試合は去年(19年)、鹿児島(ユナイテッドFC)のホーム最終節を白波(スタジアム)で見て、J2最終節はフクアリでジェフ千葉対栃木SCを観たんですけど、そのあたりが最後かなあ。確か、この試合で栃木が残留を決めたんですよね。千葉にとっては佐藤勇人選手の引退試合で、記念Tシャツをもらったのを覚えています。

──関西在住とは思えないアクティブさですね(笑)。さっそくですが、大阪から兵庫に引っ越すきっかけとなった、津村さんがいうところの「住民投票を始めとした、終わりのない政治的駆け引き」について伺いたいと思います。インタビュー記事の中で、津村さんは大阪について「もともといいものを持っていても『自信が足りない。もっと自信が欲しい』と思ってるんやないですか」と語っておられました。東京の人間からすると、どうもピンとこないところがあったので、もう少し詳しく教えていただきたいのですが。

津村 大阪は「自分たちには個性がある」ということを、外部にはプレゼンテーションしながら、同時に「日本で二番目の都市である」という、相対的な位置にも依るところがあるんですね。その二つの要素のいいとこどりをしながら、ここまで来たんやと思います。

──大阪には「大阪らしい個性」と「東京に次ぐ経済圏」という2つの側面があると。そこについては、府外の人たちも認識していると思います。

津村 それゆえに、誇りや結束といった、自発的で維持の努力が必要な感覚を強くは実感できていなかったんではないでしょうか。だから、政策や首長によるブランディングを頼りにして「誰かに変えてほしい」という態度をとり、ブランディングと引き換えに持ち掛けられる政治的な駆け引きに応じるようになったのではないかと、私は考えています。

──実は私の母方が関西で、兵庫にも大阪にも親戚がいます。私の実感としては、安っぽいブランディングなんて必要ないくらい、関西人としてのアイデンティティは持っているように感じるのですが、いかがでしょうか?

津村 宇都宮さんの本を読んでもそうやし、自分自身がいろんな場所に行ってみても思うんですけど、その土地土地における「物語」ってあるじゃないですか。ただ東京の人は、そういう「物語」を持たないことが普通だと思うんですよ。だって首都だし、相対的な数字の上でも一番だし、いろんなところから人が集まってくるし。「自分は土地の人間じゃない」って諦められる部分が、絶対にあると思うんですよ。もちろん、何代も東京に住んでいる人たちがいて、その人たちに土地の個性や物語があるのは理解しています。

──確かに。大阪もまた、西日本の人たちが集まってくる印象がありますが、もっと地元意識が強い土地というイメージのほうが個人的には強いです。それに食べ物が安くて美味しいし、遅くまで飲んでいてもタクシーを使わずに帰れるし(笑)。たまに訪れて地元の人たちと飲んだりすると、ものすごく住みやすい土地だと思うんですが。

津村 私もずっと住んでいて、すごく住みやすい土地だと思っていたんです。ただ、何となく鬱屈したものを感じていました。大阪の人は、日本の都市の中での相対的な衰退はなんとなく感じていて、かといって「うちら大阪やから」って開き直れるほどの、経済的繁栄とはまた違った軸の個性というか、土地の力を育ててこなかったように思うんです。近畿のほかの都市、たとえば京都や神戸とは違いますよね。

──確かに。京都には、揺るぎない歴史的なバックボーンがありますからね。

津村 そうなんですよ。でも大阪の場合、「地方」になりきれないから「都になる」というコンセプトに期待する人が、あれだけいたんやないですか? 地方人として、土地の物語を育てるのか。それとも副首都の人間として、土地の物語を後退させて個人が自分自身の個性を育てるのか。どうしたらいいか、わからない人が多い。私自身は、大阪での政治の話に嫌気がさしたので離れたんですが、引っ越したといっても大阪には30分とか40分で行けるんですよね。

──こっちの感覚からすれば、都内から川崎や大宮あたりに引っ越したような感じですかね。わが身に置き換えた場合、いくら「西新宿の百合子」がダメだからと言って、東京から離れようとは思わないですから、よほどの決断だったんでしょうね。

津村 でも、山ひとつ、川ひとつ越えるだけで、政治がぜんぜん違う。何だか不思議な感覚でした。

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