松沢呉一のビバノン・ライフ

売春・風俗・セックスワーク-[ビバノン循環湯 17] -(松沢呉一) -4,186文字-

「セックスワークという言葉を使う事情」に書いたように、この言葉を使うに当っては何度も議論されてきています。昨日今日、このことを考えだした人たちとは蓄積が違う。

10年以上前に書いたものを出しておきます。「創」に書いたものです。この原稿は単行本に入れようと思いながら単行本自体が実現せず。「注」は単行本用に書いてあったもの。

 

 

 

「売春」と「風俗」と「セックスワーク」

 

vivanon_sentence」1998年9号では、拙著『風俗バンザイ』の発売を記念して、移転した新宿ロフトプラスワンで行われたトークイベント「性風俗とフェミニズム」の様子が掲載されていた。「議論のほぼ全容を収録」とあったが、実際には掲載されていなかった部分がまだまだあった。

掲載された宮淑子、南智子、私によるトーク以外に、あの日は、拙著『ぐろぐろ』(ロフトブックス)の表紙を担当してくれたマンガ家の喜国雅彦、女流ゲロAV監督の野沢菜(「野沢」が苗字、「菜」が名前)、私と「ヒトミーとマツ」なるコンビを結成した白石ひとみらによる話もあった。また、池袋の性感店「メシア」の美波りょうちゃんにも壇上で話してもらった(注1)。

りょうちゃんは壇上で「オマンコ」と口にし、宮淑子さんや「創」の篠田さんはさぞかし唖然としたことだろう。彼女が風俗嬢となり、AVにも出るようになったのは生活の事情があったためだが、だからといって涙ながらに裸になっているわけでなく、この仕事を楽しんでもいる。

こういった風俗嬢らの話に素直に耳を傾ければ、一般に流布する風俗のイメージの相当部分が現実とズレていることがわかるはずだ。

 

 

「風俗」の変遷

 

vivanon_sentenceあのトーク・イベントの会場にいた複数の人が、宮さんが好んで使っていた「セックスワーカー」「セックスワーク」という言葉に対して違和感を覚えたと言っていた。それぞれに違和感の内実は違うだろうが、私は宮さんが他の言葉をあえて避けることに違和感があった。

私も、この言葉を積極的には使いたくないのだが、この言葉を使う是非や言葉が意味する範囲については、当事者たちが議論しているところでもあって、その一端をご紹介しておく。

盟友・南智子が好んで自称する「娼婦」という言葉は女性のみを指し、「売春婦」も同様。また、通常「娼婦」「売春婦」は、性器の挿入行為をもサービス内容としており、ヘルス嬢やSM嬢を含まない。「風俗嬢」もまた女性のみを指し、かつ性的サービスを提供する店のうち風営法の管理下にある業態の店(すなわち風俗営業店。許可店か無許可店かの区別でなく、あくまで業態として許可を得られるか否かの問題)で働く女性らを意味することが多く、街娼やテレクラ売春をする女性らを含まないニュアンスがある。さらに、三十代、四十代の性労働者に「」という言葉は使いにくいところもある。

「風俗」という言葉を「性風俗産業」に限定して使うようになる歴史については、以前どこかの雑誌に書いた記憶があるが、何に書いたか忘れてしまったので、改めてここに記述しておく。

明治時代の「風俗」という言葉には、生活文化、大衆文化全般を意味するとともに「流行」といったニュアンスが含まれていて、しばしば衣装としてのファッションが「風俗」の筆頭として取り上げられており、性的なものを直接指し示す言葉ではなかった。今もこの用法は残っているが、「風俗」と言うと、性的なものと受け取られやすいので、やたらには使いにくい言葉になってしまっている。

「風俗」から性的なものをいくらかイメージするようになるのは、昭和初期、エログロ・ナンセンスの時代と思われる。さらにこの方向が決定的になるのは、戦後の法改正によると私は見ている。

旧法下では、飲食一般や公衆浴場等もまた警察が管轄する「風俗」であったが、一九四八年(昭和二三)に警察制度が改革されたことにより、食品衛生、環境衛生の部門は他の官庁に移され、それまでの「風俗」の中で、売春、賭博が主たる警察の管理対象となる。これに伴い、同年、「風俗営業取締法」(風営法)が制定され、幾度の改正を経ながら、今に至るまでこの法律が性風俗産業を取り締まる重要な法律となっている。

 

 

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