松沢呉一のビバノン・ライフ

買い取りなのに印税を要求するとしを—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 6-(松沢呉一) -2,873文字-

斎藤美奈子による解説—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 5」の続きです。

 

 

 

墓を建てなかったことが問題

 

vivanon_sentence斎藤美奈子の解説では、印税支払い打ち切りの理由が「としをの素行を問題にした」という点も批判されているようですが、これは著作権を継承する資格があって初めて成立する批判です。資格がないのであれば、どんな理由で打ち切ってもいい。「払うのが面倒だから支払いをやめる」でもいいのです。

事実関係をまとめると以下のようになりましょう。

 

細井和喜蔵亡きあと『工場』『奴隷』『無限の鐘』の印税を手にしたとしをは墓を作らず遊び暮らしていた。その様子を見た細井和喜蔵の知人らや版元は遺志会設立を前提にして、印税の支払いをストップ。としをと和喜蔵は籍を入れておらず、相続する権利がないことが打ち切りの理由。としをと新しい恋人の高井信太郎は抗議をするが認められず、としをは遺骨を人に預けて行方知れずに。昭和十年、細井和喜蔵遺志会が青山墓地に「無名戦死墓」を建立したことでやっとそこに遺骨は収まった。遺志会設立から九年、細井和喜蔵が亡くなって十年後のことであった。

 

この経緯を見た時に、としをと遺志会の行為を判断する最大の基準は墓です。以降、遺志会に支払われた印税相当額から、労働運動にも流れたようですが、契機としては墓です。

現実に遺志会は墓を作ったのですから、ここがとしをとの決定的な違い。としをがどう弁明しようと墓を作っていないし、遺骨を捨てていったと見なされても仕方がない。この行為によって、「ああ、やっぱり、細井和喜蔵のことなんてどうでもよくなっていたんだな」と判断されても仕方がない。

 

 

墓こそが問題

 

vivanon_sentence捨てたと言っても放置しただけであり、遺棄したわけではないので、法律に触れるようなものではないですけど、この経緯を見た時に、仮に正当な相続人だったとしても、非難は免れないように思います。非難は免れないことと、著作権継承者の資格をなくすこととはすぐさまつながるわけではないにせよ。

「細井和喜蔵が亡くなって間もなく新しい男ができて結婚しようとしていた」ということを問題にするのか否かは人にもよるでしょうけど、その行状は「墓が作られなかった」という事実を成立させている要因なのですから、そこを問題にするのもおかしくない。

「妻としての、としをの素行を問題にするのは不当」という主張は「としをが墓を作ったにもかかわらず」という事実があった時には成立するかもしれないとして、事実作られなかった以上、そこをあげつらうのは当然。「高い着物を買った」「飲み食いに使った」でも、あるいは「ギャンブルで使った」でも、故人の意思に反するであろう使い方をしたことによって墓が作らなかったとなれば、すべて意味は同じです。

たとえばその理由が「遺志会でも九年かかっているように、印税だけではそう簡単に墓は建てられない」というのであればわかるのですが、そういうことではない。「印税のほとんどは借金の返済で消えた」ということでもない。ただただ遊びに浪費しました。

※青山墓地に咲いていた花

 

 

としをが著作権を理解していなかっただけでなく…

 

vivanon_sentence斎藤美奈子の解説を読んでも、「としをは印税を受け取る資格があった」と主張する人たちは、いったい何の印税がどこまで支払われるべきだったと主張しているのか判然としないのですけど、事実として、「印税の打ち切り」は『工場』『奴隷』『無限の鐘』の三冊の著作の印税を意味します。買い取りである『女工哀史』は含まれていません。

しかし、としを自身がこのことを正確に把握できていないのです。

 

 

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