坂田山心中が話題になった背景—女言葉の一世紀 47-(松沢呉一) -2,690文字-
「女学校が抱えていた矛盾—女言葉の一世紀 46」の続きです。
菊池幽芳著『己が罪』から読み取れる女学生
菊池幽芳著『己が罪』は冒頭から女学生言葉や「海老色繻子の袴」が出てきて、3ページ目には女学生たちが、主人公の箕輪環が妊娠したと噂話をしている急展開で、ついつい引き込まれて本腰を入れて読み始めました。
環は恋愛に溺れつつも、騙される形で医学生と箱根の旅館で二人きりになり、ハメてます。「女学校の理想と女学生の現実—女言葉の一世紀 45」で転載した相談者がこれに重ねる様を見れば、当時の人たちは「騙されたわけでもないのに図々しい女だ」と思ったことでしょうし、天民もそう読まれることを前提にこの相談を出したのだと確信できます。
この小説では、相手の医学生が堕胎をすることを持ちかけて、環は拒否しています。読者を引き込む設定でしょうけど、新聞小説としては大胆。まんまと私は引き込まれました。時折捕まるのもいたわけですが、相当数の闇の堕胎が行われていただろうことを想像させます。
主人公の環は妊娠していることがわかり、そのことが級友たちにも知られてしまったため、すぐに学校を辞めており、「学業をそう簡単に捨てるヤツがあるか。もっと真面目にやれ」と私は思ったのですが、ここは当時の定石通りなのだと思います。この時点では環は相手の医学生・虔三と結婚できると思っていて、結婚するんだったら学校なんてもう意味がないわけですから。結婚を前にすると、学業なんぞは軽い軽い。
今でもそういう女子高生、女子大生はいそうですけど、対して男が結婚のために高校や大学を辞めるケースは少ない。この不均衡は社会が作り出しているとともに、自身が作り出しています。
※『新己が罪』というタイトルで、翻案ものが多数出ています。当時のことなので原著者である菊池幽芳の許可は得てないんじゃなかろうか。全部読むと著作権的にも面白いかもしれないと思ったのですが、無理。無理な理由は以下参照。この表紙は白鳳山人著『新己が罪』(大正九年)。
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