松沢呉一のビバノン・ライフ

金子清子から見えてきた女学生の意外な実情—女言葉の一世紀 69-(松沢呉一) -3,617文字-

泉鏡花が語る「娘と女学生」—女言葉の一世紀 68」の続きです。

 

 

 

金子清子は死んでいた

 

vivanon_sentence思い出したことがあります。前に取り上げた『女子学習院一覧』(大正十三年)という本があって、ここに卒業者のリストが出ています。姓が変わった場合は、その旨の記述があり、結婚したかどうかわかるのです。そのことには気づいていたのですが、その時にはさしたる興味を抱いてませんでした。

娘問題』が出たのが明治四五年。それから十二年経っていて、卒業はさらにその数年前ですから、大正十三年の時点ですでにキヨちゃんは三十代のはず。キヨちゃんがどうなったのか気になって探してみましたよ。

華族女学校最後の卒業生の中に金子清子という名前がありました。その名前を見つけると同時に「あ」と声を出してしまいました。

 

 

死んでました。生きていたら、現在130歳くらい。つまりは死んでいるに決まっているのですが、キヨちゃんは若くして死んでます。「キヨちゃん、死んじゃったのか」と友だちでもないのに感慨に耽ってしまいました。

「死亡」の下に「華」とあるのは華族ってことです。名前の下に「川崎」とあるのは、川崎家に嫁いだあとで亡くなったという意味です。結婚はできたので、花嫁修業の甲斐があったってもんです。もうちょっと変わった姓であれば誰と結婚したのか、なぜ亡くなったかわかったかもしれないですが、「川崎」から調べるのは難しそうです。

「別」という文字がついている人がいますが、これは意味がわからず。

 

 

未婚率の異常な高さ

 

vivanon_sentenceキヨちゃんは、インタビューで「私の同級生では長崎省吾さんの御令嬢と山内勝明さんの御令嬢と私とが未だ独身で居るばかり、他は皆家庭の人となられて居ります」と言っており、大正十三年の時点で山内文子さんは今泉家に嫁いでますが、長崎美重子さんは未婚のようです。

 

 

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