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松沢呉一のビバノン・ライフ

不良少年の「握り」という手口—女言葉の一世紀 100-(松沢呉一) -3,681文字-

2017年11月13日10時07分 カテゴリ:図書館国会図書館教育女学校ことば女言葉女言葉の一世紀


貧民層の娘たち—女言葉の一世紀 99」の続きです。

 

 

 

貧しい者が売春するのはデフォルト

 

vivanon_sentence扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)にも、売春する娘はところどころには出てきますが、娼妓についてはほとんど触れられてません。カフェーはまだ一般的ではなかったですから、触れていないのは当然として。

おそらく娼妓について触れていないのは、女学生を中心とした「娘問題」とは別枠だったのだろうと思います。娼妓はおもに貧困層。「娘問題」はおもに富裕層。

援交が盛んだった頃、「こんなことは今までなかった」などとよく言われてましたが、過去にもあったわけです。これまた歴史を知らないがための誤解と言っていいでしょう。

内実は援交とちょっと違っていて、ウブすぎて騙されるのが多いとは言え、女学生は珍奇な格好をするわ、待合に行くわ、売春するわ。珍奇な格好をするのと、男に騙されるのとは別の層だろうと思いますけど、どちらにしても、「貧しくて」ではない。

中には学費を稼ぐためにやっていたのもいたでしょうけど、これとて「食べるものもなくて」ではなく、女学生という特権的な地位を得るためのものです。貧困のためではない売春もこの頃からあったわけです。

こんな本が出るくらいに社会問題になっていたのに、なんでこうも歴史が消えてしまうのか不思議ですが、歴史を学ぼうとする人が少ないためです。政治を中心とした大きな歴史は見ても、生活の歴史は見ない。ここはパオロ・マッツァリーノの指摘通り。

※『感化救済小鑑』(明治四三年)は、さまざまな慈善事業団体を紹介したもので、矯風会の慈愛会も小さく取り上げられています。今の矯風会のある場所。やがて陸軍にこの場所は供出されるわけです。

 

 

裁判官が見た堕落女学生

 

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泉鏡花の場合は「下町と山の手」で娘を区分。女学校に進むのは山の手の方が多いことをお茶の水女学校の数字で確認したように、これは「娘と女学生」という区分でもありました。当時は薄れたとは言えども、両者の間にはなお一線がありました。

妻賢母は山の手の思想ですが、現実にはハイカラ女学生は山の手のお嬢さんたちから登場しています。「贅沢はいけない」「舶来はいけない」という良妻賢母的な立場を否定するのもまた山の手。

良妻賢母に基づいて「貞操を守らなければならない」と教えられたのも山の手のお嬢さんたちであり、「堕落女学生」とされるようなのも、その山の手層から出てきていました。

それを踏まえて、この時代には、多くの人が女学生こそが堕落するという指摘をしていたわけですけど、扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)に出ている東京地方裁判所刑事部長の飯島喬平という人物も強い口調でこれを嘆いています(刑事部長というのは事務官かと思ったのですが、文中で自分が裁判官であると言ってます。法学者としても活躍し、各大学で教鞭をとっていたよう)。

裁判官が接することのできる堕落女学生は、もっとも堕落した層でありますから、壮絶です。

 

 

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