松沢呉一のビバノン・ライフ

二流三流の女だけ働け—女言葉の一世紀 129-(松沢呉一) -3,229文字-

民主主義さえも否定した山田わか—女言葉の一世紀 127」の続きです。

 

 

 

女子の高等教育も否定

 

vivanon_sentenceここまで書いてきたことから当然想像できるように、山田わかは女子の高等教育についても否定的です(ここでの高等教育は主に大学や専門学校のことを指します)。

 

 

合衆国の国民教育は五十万人以上の女教師によって支持されて居るのでありますが、これ等の女教師の能力と性格は先づ大体に於て、一般婦人よりは優れたものであります。そして、又、彼女達は知力的に道徳的に優秀な階層から出てゐます。処が、教育当局の方針は未婚婦人のみを採用することになって居りますので、教師としてどんなに優れた腕前があっても、結婚すると慈雨時に教職を辞さなければならなくなってゐます。ですから、教師として立たうと思へば、どうしても独身を守らなければならないわけであります。

併し、これは教育の立場から見れば都合がよいけれども、人種から見て不利益であると云ふ説が此の頃やかましくなってゐます。そして小学校女教師に結婚を許せと云ふ議論が盛んになってゐます。優生学の見地から、女教師に成り得る優秀な婦人は独身の教師になるよりも母になった方が社会のためには遥かに有益であると云ふのです。

合衆国に於ては、此の頃非常に出産率が低くなってゐるのです。統計を見ますと、十八世紀に於てはニューイングランドの大学の卒業生のうち結婚しないものは百人に二人しかありませんでした。処が、一八六一年から一八七九年の間にエール大学の卒業生は結婚しないものが百人のうち二十人になり、そして一八七九年の間のハーバード大学の卒業生は百人のうち結婚しないものが二十六人ありました。

 

 

高等教育と未婚の関係は日本では明治時代から議題になっていて(ビバノンでは「エリート官吏は学習院女学部卒も女学館卒も嫁候補にはせず—女言葉の一世紀 70」あたり)、湯原元一も欧米の事情を著書で報告していたと記憶します。晩婚になる傾向は間違いなくあるとして、これに対する反論も出ています。

山田わかの場合、自分の意見に合う部分だけ切り取って、都合の悪い部分は見ないようにしている可能性があるので、正確なことは改めて調べる必要がありますが、女子教育は米国において急速に改革が進んでいたのは事実で、これに対する反発が生じていたのも事実であり、この時代は単純な優生学が広く信じられていたため、こういう批判もあったのでしょう。

 

※「1900s Posters Against Women’s Right To Vote Are Infuriatingly Anti-Feminism」より。結婚できない女がサフラジェットになるのだと。

 

 

二流三流の女だけ働け

 

vivanon_sentenceその改善策として、結婚しても教職を続けられるようにすべしという要求は正しいわけですが、山田わかはそういった意見をなかったことにして、こう書きます。

 

 

一体、今の女子の高等教育は女子としての能力の増産と云ふよりも、家庭を去って社会に出ようとすると所謂婦人解放運動の一部分であって、そして、今や婦人は男子と同等な準備を為し、男子と同じ機会を求めてゐるのでありますが、前にも云った通り、婦人が其れに成功すればするほど婚期は後れ、或ひは全然結婚しないことになってしまひます。

(略)

従って、母親と職業は両立できない、其処で、天分ある若い婦人は結婚を断念して事業の方に走って行きます、そして、結婚して、次代を造るものは平凡な女計りと云ふことになります。そうなっては、勿論、優秀な婦人の才能は次の次代へ残らない。平凡な女の子供計りで次の次代は造られると云ふことになります。

其処で、人種の立場から、又社会の立場からは優秀な婦人になるよりも母になることを希望するやうになります。社会は今日の傾向とは正反対に、最優秀な婦人が母となって立派な子供を沢山生み、二流三流の婦人が教師となり、職業婦人となることを希望します。

 

 

すんごいこと言ってましょう。女性の社会進出が着々と米国で進み、そこからずっと遅れていたとは言え、日本でも教育現場に女たちが進出していました。そのために女教師が挙げられていますが、この論理はそれ以外のあらゆる社会進出に適用されましょう。どうせ男には勝てないのだから、二流三流の女だけ安い賃金で仕事に就けと。

 

 

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