松沢呉一のビバノン・ライフ

SMという言葉が成立するまで—SMの誕生から半世紀-[ビバノン循環湯 452] (松沢呉一)-3,322文字-

たぶん「S&Mスナイパー」に書いたもの

 

 

 

SM誕生から半世紀

 

vivanon_sentence今は小学生でも知っているSMという言葉だが、この言葉が印刷物に登場したのは今から半世紀以上前のこと。

今ではアジアを中心に海外でもSMという言葉を使用している例があるが(欧米ではBDSMが一般的で、SMはS&Mになることが多い)、もとはと言えば日本で生まれた用語である。「SM誕生から半世紀」として雑誌が特集を組み、テレビで特番を放送し、新聞は号外を出してもよかったんじゃなかろうか。

サディズム」「マゾヒズム」「加虐」「被虐」という言葉は戦前から変態心理や変態医学、あるいは犯罪関係の出版物では広く使用されていた。これがSやMと略されるようになったのは昭和20年代末(1950年代半ば)の雑誌「奇譚クラブ」である。

マニア雑誌の特性として、投稿欄が充実していて、体験談や自分の性癖の吐露が綴られ、また、意見交換がなされていた。ここに「S」「M」という略称が登場している。

以下は「奇譚クラブ」1954年(昭和29)11月号の読者欄より。

 

 

私達若い女性にとりまして欲しい浣腸器は何故か買いづらく、この点御誌代理部で種々の浣腸器や洗浄器(略)等々、浣腸マニアや肛門S・Mの為に取次分売していただけないでしょうか。

 

 

本当に女性かどうかわからないが、花村恵美子さんというマニアからの要望である。「代理部」は「奇譚クラブ」の通販部門のこと。

ここでの「S・M」はサディズム、マゾヒズムという意味だが、ナカグロ(・)がついていることからも想像できるように、たまたま略称を使用したに過ぎず、この段階では「奇譚クラブ」で広く使用されている用語ではない。

※書影は該当号ではありません。こちらから借りました。

 

 

サド・マゾと並ぶフェチズム

 

vivanon_sentenceこのように、SやMというイニシャルはまず読者が使い始めた。とくにパートナーを探す時には、自分がどんな嗜好をもっているのか、どんな相手を探しているかを表示する必要があって、この時に「変態性欲者」「アブノーマル」というだけでは不足で、かといって「サディスト」「マゾヒスト」と読者投稿でいちいち書くのも面倒なので、「サド」「マゾ」と省略し、さらには「S」「M」と短縮したのだろう。

また、そうすることによって、仲間意識も高まる。「奇譚クラブ」を「奇ク」「KK」と省略していたように、あるいはのちの「風俗奇譚」を「風奇」「FK」と省略していたように、マニアがマニア同士だけで通じる隠語を好んで使用する習性のひとつだろう。

しかし、当初は「私はSです」「Mの方を求めています」といったように単体で使用されることが多かった。SMという用語を必要とするのは、両者をまとめる時で、それが前提になっている場では、SかMかを表示できれば事足りたわけだ。

これ以降、このような略称が徐々に読者欄で浸透していく。

1957年11月号(「白表紙」と言われる時代のもの)の読者欄にはこんな文章が出ている。

 

沼正三様、大兄の学識と情熱にはただただ感服するばかりです。大兄は日本の国宝と信じております。MやF的傾向のあるものの声はとかく圧迫されてS傾向だけが大手を振って通るのが普通です。日本国中には投書などに現れた数の何十倍何百倍のMSマニアのいることをお忘れなく。

 

ここでは「SM」ではなく、「MS」である。この文章からすると、これは「マゾヒズム(Masochism)」の略であろう。また、マゾとサドの略称として、先にMをもってくるMSもあり、この時代は二種のMSが混在していたのだ。

 

 

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