松沢呉一のビバノン・ライフ

朝田理論が部落問題をタブーにした—心の内務省を抑えろ[15](松沢呉一)-2,979文字-

「当事者」を改めて考える—心の内務省を抑えろ[14]」の続きです。

このシリーズは「ネトウヨ春(夏)のBAN祭りからスピンアウトしたものなので、図版がない時は祭りの写真を使っています。

 

 

 

改めて朝田理論

 

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当事者の意見は尊重されるべきです。しかし、それを絶対視してはならず、ひとつひとつその内容を検討することを怠ってはいけない。

当事者だって間違えることはあります。当事者だってズルはします。当事者だって事態を正確にとらえているとは限りません。

オカマ論争」においては、オカマと自称してきたのは当事者、それを抗議したのも当事者、それに反発したのも当事者が中心であって、これを見たって、当事者であることが絶対的な判定資格にならないことは明らかです。

では、どうすればいいのか。当事者であるとの主張をしている場合に「誰が本当の当事者か」を突き詰めることもあっていいでしょう。「オカマ」の当事者は誰か。あるいは「オールロマンス事件」の当事者は誰であったのか

いわばこれは事実確認の作業でもありますが、それ以降は、「誰の意見に分があるか」を検討すればいい。中身で判定すればいい。それが面倒な人たちが当事者という資格で判断してしまうのです。

言うまでもなく、当事者じゃなくても正しいことは言い得ます。「アライにできること、アライだからできること—アライとサポーター 4」に書いたように、非当事者だからこそできること、やりやすいところがあって、それぞれ別の集団に属する当事者の利害が対立する場合、調整役、仲介役、まとめ役は非当事者の方がスムーズに行くことがあります。その時でも両者の意見をくみ上げることが必須であり、それをやらずして、非当事者だけで決定してはならない。

といった前提をすっ飛ばして、「当事者だから」で判断すると、「属性でその存在や主張を判断する」という差別の根幹をなす発想に近づきます。

属性で否定されてきた人が属性で自己と他者を線引きする見方の典型が朝田理論です。

 

 

朝田理論(あさだりろん)とは、部落解放同盟中央本部の第2代中央執行委員であった朝田善之助が確立させた部落解放理論。朝田テーゼ、朝田ドクトリンとも呼ばれる。「不利益と不快を感じさせられたら全て差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」といった、つまり『差別』と感じた者に全ての決定権と主導権があるという考え方。

Wikipedia「朝田理論」より

 

 

Wikipediaに朝田理論の項があることに長らく気づいてませんでしたが、私の発言も転載されています。いいことを言うな。忘れてたぜ。

この項だけ読むと、解放同盟はゆすりたかりのチンピラ集団みたいですけど、これがすべてではないことを確認しつつ、こういう側面があったことは否定できず、解放同盟の負の側面をしっかり見ておく必要がありましょう。じゃないとまた繰り返されます。心の解放同盟を抑えろ。

※この本は読んだと思うし、今もうちのどこかにあると思うのですが、内容はあまり記憶にない。私にとって朝田善之助は朝田理論の人でしかなくなってます。

 

 

誰がタブーにしたのか

 

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朝田理論を提唱した朝田善之助(1902-1983)こそ、「オールロマンス事件」での行政闘争を主導した人物です。同じ人物の考えることですから、「オールロマンス事件」の糾弾は朝田理論に則っていたと言えるでしょう。

Wikipediaに出ているように、朝田理論には多くの批判がなされていて(と言っても朝田理論のもたらした影響に比すれば微々たるものでしょうが)、解放同盟の負の側面を支えた論であると言えます。ここを乗り換えていかないと差別問題は解消できない。

不利益と不快を感じさせられたら全て差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」というふたつのテーゼからすると、差別された側が差別だと言えばどんなことでも差別になるのであって、Wikipediaに出ているようなゆすりたかりもまた肯定されてしまいます。チンピラ以外、誰がこんな発想、誰がこんな行為を肯定できましょうか。

この論で言えば、どんな言葉でも被差別側が不快だと感じたら差別になるのですから、言葉狩りはすべて正しいことにもなります。その検証も不要。だから現に「言葉狩り」はエスカレートしました。

それに一切の理がなかったとまでは言わないけれど、その根幹にあったのが朝田理論なのですから、言葉狩りはチンピラのインネンに通じる論理をもっていたと言っていいと思います。

それにメディアや書き手、読者までが乗ってしまって「言葉狩り」は進行していきました。

 

 

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