松沢呉一のビバノン・ライフ

都会の人は親切—交通事故に出くわしても無視していい[ビバノン循環湯 480] (松沢呉一) -3,606文字-

10年くらい前にメルマガに書いたもの。

この時は救急車に運ばれるところの写真を撮っているのですが、どっかに消えたので、著作権切れの交通事故の写真を探してみました。車の台数は少なかったにせよ、その分、ムチャするのがいたし、スピード制限がなかった時代もあって、文字としては交通事故の話はよく出ているのですが、件数は多くても、カメラが普及していないため、大昔の交通事故の写真なんてそんなにないのではないかと思ったら、いっぺえありました。今のようにすぐさま片付けられるわけではなく、シャッターチャンスが長かったのかもしれない。アート写真というわけではないので、すべて自動彩色してみました。

 

 

交通事故に遭遇

 

vivanon_sentenceなべやかん主催のイベントに行くため、下北沢に向かって歩いていたら、200メートルくらい先の交差点に車が出て来たのが見えた。右折する際に電柱か敷石にでもこすったのか、車が停まって、中から人が降りてきた。

よくある光景なので、そのままのスピードで近づいていったら、車の陰になって見えなかったところにおばあちゃんが倒れていて、50歳くらいの女性がおばあちゃんの体を起こしながら、携帯電話を耳にしている。救急車を呼んでいるのだろう。

彼女は助手席に乗っていたようで、運転していた男はそこからちょっと離れたところに車を移動させている。

急いでいたのだが、通り過ぎるわけにもいかず、女性が電話を耳から話したところで、「大丈夫ですか」と声をかけた。

彼女はパニクっている。

「電話がつながらないんです。救急車はどう呼べばいいんですか」

私は自分の携帯を取り出して、119番に電話。話し中だ。事故や火災が重なれば、当然そういうこともあると想像できるのだけれども、119番にも話し中があるとは思わなかった。

A police officer poses next to a car that flipped over manoevring around corner in Roxbury, Massachusetts in 1935.

 

 

119番とのやりとり

 

vivanon_sentence運転手の男性がやってきた。たぶん夫婦だろう

「今119にかけてます」と私は彼に伝えて、再度コール。今度はつながった。

「交通事故です。救急車をお願いします」

「どういう状況ですか」

そう聞かれると、そんなに状況はよく知らないな。詳しい情報が必要なわけではなく、救急隊員がすぐに応急処置ができるように、事故か病気か、それがどの程度のものかを教えればいいのか。

おばあちゃんを見ながら報告をする。

「交差点を曲がる時に車がおばあさんをひっかけて、倒れた時に肩を打ったみたいです。骨折しているかもしれないですけど、意識はあって、それほどひどい状態ではありません」

「場所を教えてください」

私は住所表示を探して伝えた。

「信号のある交差点です」

「交差点名は」

「出てないですね」

住宅街の小さな交差点だ。車が出てきたのは一台しか通れない一方通行の狭い道だが、抜け道になっているため、スピードを出す車が多く、そのための信号だろう。

「店はありますか?」

私は角にある小料理屋の名前を告げた。

「はい、わかりました。すぐに向かいます」

たぶん住宅地図が手元にあって、照らし合わせたのだろう。

我ながら冷静沈着である。こういう場合は、事故を起こした当事者は動揺してしまうので、第三者が電話をした方がいいと学習した。

私は電話の相手に聞いた。

「これでもう帰ってもいいんですよね」

「いや、できれば救急車が来るまでそこにいていただきたいんですが」

「わかりました」

仕方がない。

Car Crashes From 1930s

 

 

都会の人は親切

 

vivanon_sentence私が電話していた間に、運転をしていた男性は警察に電話をしている。おばあちゃんは最初グッタリしていたのだが、「病院は行かなくていい」などとダダをこねるように言い始めた。

しかし、指からダラダラ血が出てきて、見る見るうちに服が赤く染まっていく。全然大丈夫じゃなさそうだし、老人だから骨が弱く、肩や指が折れているか、少なくともヒビくらいは入っただろう。幸い、頭は打たなかったと本人は言っている。

「この動画を撮って、YouTubeにアップすると、千アクセスは確実に稼げるな」と思いながら、さすがにそれはできない。戦場カメラマン、報道カメラマンは冷酷である。

 

 

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