松沢呉一のビバノン・ライフ

リンチ法とリンチの木—リンチの歴史[2]-(松沢呉一)-3,446文字-

「M君リンチ事件」という名称—リンチの歴史[1]」の続きです。

 

 

 

まずはリンチ法から

 

vivanon_sentence続いて、日本においてリンチという言葉がどこからどう始まったのかを確認してみましょう。

「リンチ」という言葉は戦前から使用されています。国会図書館で検索すると、もっとも古くリンチが登場する本は△△隠士著『欧雲米水 : 一名・ハイカラ日記』(明治三八年)です(△△は文字が潰れて読めないのではなくて、もともとそういう著者名です)。

国会図書館は本文検索ができず、タイトルや章タイトルしかひっかからない欠陥検索なので、もっと早くから使用された例があると思うのですが、タイトル、章タイトルで言うとこの本がもっとも古い。

この本に「リンチ ロー」という文章が出ています。著者が米国に留学している時に、その一端を目撃したことを記述したものです。情婦を射殺した男が警察に連行されたのですが、その男を引き渡せと群集が警察に詰めかけたというお話。

そこで話は終わっていて、この場合はリンチは実行されておらず、リンチという言葉も出てきません。出てくるのはあくまで「リンチ ロー」(Lynch law)、リンチ法だけです。

リンチ法のリンチは人名です。ここから派生していった言葉ではあっても、一般のリンチという言葉とは別です。

この四年後の明治四二年に出た田村松魚著『北米世俗観』に「米国人の黒人種逆殺リンチ法」という文章が出ています(「逆殺」は原文ママ)。ここでは犯罪の嫌疑をかけられた黒人を木につり下げて殺すところまで記述されており、「人間にあるまじき非義非道」「人間として最下等」としてリンチ法を強く批判しています。

リンチ法は、黒人に限定されたものではなく、正当な理由があれば私刑を許す慣習法でしたが、とくに南部ではこれが黒人ほかのマイノリティに適用された例が多かったため、しばしば人種差別、中でも黒人差別の法として語られることになります。『欧雲米水 : 一名・ハイカラ日記』ではそこまで触れていなかったのですが、『北米世俗観』ではそのことまでを説明しています。

しかし、ここでも「リンチ法」という言葉しか出ていません。

※上の書影は「Southern Horrors: Lynch Law in All Its Phases

 

 

日本でリンチが定着したのは大正時代

 

vivanon_sentence国会図書館の検索でひっかかる範囲で、もっとも早く「リンチ法」以外でリンチという言葉を使っているのは森田小六郎著『ヤンキー : 一名・赤裸の米国』(大正三年)です。

著者が米国滞在時に読んだ新聞に出ていたリンチ事例を紹介するところから始まります。強盗事件の犯人だと疑われた三人の黒奴(「こくど」というルビもあるが、おおむね「くろんぼう」のルビがついている)が警察に連行されますが、群衆がつめかけ、巡査を袋だたきにした上で三人を奪取し、野原で銃殺したという内容です。

ここからリンチを説明していきます。

 

 

リンチは未開時代の遺風で、米国の新開地に集まって居る人間の中に犯罪人が出た時に、警察官も裁判官も無かった場合には、群集が犯罪人を捕縛して、尋問の末に私刑に処して、片を著(つ)けて了ふ。死刑の方法は絞殺と銃殺であるが、犯罪の性質が残忍なものである時には、死刑の方法も亦頗る残酷で、首を縛って大木の枝に吊して置いて、四方からピストルを乱発して、胴体に蜂の巣のやうな穴を明けて了ふ。更に一層残酷な殺し方は駻馬(かんば)の背に仰向けに仰向けに縛著けて、馬の尻を叩いて、五里も十里も飛ばして遣ったり、暴れ馬を引張って来て、犯人の首を縛った縄の一端を馬に結著けて、地の上を引摺ったままに二里も三里も走らせる。甚しきは生きながら人体を焼く事がある。

 

 

英語のlynchは動詞であり、名詞はlynchingですが、ここから今に至るまで日本語のリンチは名詞です。

この本の説明は的確で、リンチの対象についても不足なく説明をしています。

 

 

此蛮風は今尚熄(や)まず、南部諸州や落機(ロッキー)地方で頻々と行はれて居る。リンチを受けるのは白人にもあるが、原則として黒奴に限られて居る傾きがある。白人でリンチを受けるのは強盗をして捕まったり、婦人に非常な侮辱を加へて捕まったりして、群集の憎しみが一時に集まった場合である。この例外を除けば、リンチの犠牲者は常に黒奴で、奴隷解放以来黒奴の地位が高まったのが、南部白人の反感を増す原因を成して、黒奴が犯罪を行ったと知れたら、警官の手を待たず、直ちに隊を組んで其黒奴を追跡して行って引捕へる。捕らへられたら最後、其黒奴は猟師の手に掛かった猛獣の如くに処分されて了ふのである。

 

 

こういう書き方をしているものが多いのですが、「婦人に非常な侮辱を加へて」というのは強姦や強姦未遂を意味しています。しばしばリンチはこれを名目にして行なわれました。

さらにこのあと、警察に捕まっても群集が詰めかけて、犯人を強奪してリンチにかける例や容疑をかけられただけで殺されることの不当性、ヨーロッパ各国からの批判や国内の批判までを紹介しており、大変適切な解説になっています。リンチは国内に紹介された段階でおおむね正確に移入されていたわけです。

 

 

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