松沢呉一のビバノン・ライフ

ドイツ刑法175条とナチス内同性愛者派閥—ナチスと同性愛[1]-(松沢呉一)

ナチスはなぜ売春婦を抹殺しようとしたのか」の流れで出す予定だった内容ですが、独立させました。あっちの続きはもっと先にやります。

 

 

 

同性愛と獣姦を禁止する刑法175条

 

vivanon_sentenceドイツでは1871年以降、男性間の同性愛は刑法で禁止されていました。日本では刑法175条は猥褻物頒布罪、当時のドイツでは同性愛と獣姦禁止の法律です。

Wikipediaにこの法律についての項目があって、条文も出てました。

 

 

§ 175 Die widernatürliche Unzucht, welche zwischen Personen männlichen Geschlechts oder von Menschen mit Thieren begangen wird ist mit Gefängniß zu bestrafen; auch kann auf Verlust der bürgerlichen Ehrenrechte erkannt werden.

第175条 反自然的なわいせつ行為は、男性である人の間でなされるものであるか、獣との間で人が行うものであるかを問わず、禁錮に処する。これに加えて、公民権の剝奪を言い渡すこともできる。

 

 

しかし、しばしば同性愛禁止の法律がそうであるように、いつの時代もつねに厳しく適用されていたわけではなくて、ナチスの方針転換がなされるまでは年間数百件の適用に留まってました。数百件でも十分かもしれないですが、獣姦を含めた数字であり、獣姦の摘発はけっこうあったらしい。

この条文だけではわかりにくいですが、「わいせつ行為」は、性行為を意味すると解釈されていたため、裸で抱き合っているところに踏み込むか、目撃者か当事者の証言がない限り、立件が難しかったという事情があります。噂だけではどうにもならない。

ドイツの都市部でゲイグラブの営業ができたのも、着衣でダンスに興じたり、じゃれあったり、キスをするくらいではこの法律の対象ではなかったためです。

また、繰り返しこの法に対する批判がなされ、法を撤廃する動きもあったため、警察も遠慮があったかもしれない。

Wikipediaより、本シリーズの主人公エルンスト・レーム

 

 

ハルデン=オイレンブルク事件

 

vivanon_sentenceそんな法律ではあれども、この法律の政治利用はなされていて、1907年から1909年まで、長きにわたって「ハルデン=オイレンブルク事件」が勃発しています。

これはジャーナリストのマクシミリアン・ハルデンが、フィリップ・ツー・オイレンブルク侯爵を筆頭としたヴィルヘルム2世の周辺の人々の同性愛者リストを公開したことを発端に起きた騒動であり、数多くの人々の同性愛行為が晒される結果になっています。

暴露した側を擁護する証言者には、同性愛者の権利を主張する人物が含まれていて、どうもこの騒動は肯定的アウティングの側面があったようです。

裁判は名誉毀損によるもので、同性愛行為は刑事事件にはなっていないようです。本人が否定すると立証は容易ではないということもあって、刑事事件になっているとしても、これらの裁判で明らかになったことを受けてのものです。だからこそ、この時公表された三桁に上る人々の行為はそれまで不問だったのです。

法はあっても同性愛に対しては比較的寛容な社会であったようなのですが、そのことが公開された場合は別。日本でも、ちょっと前までそんな感じでしたよね。今もか。ゲイパーの存在は容認され、誰がそうなのかも知る人は知る状態ではあっても、メディアに報道されると社会的生命が危うくなる。

しかも、上流に属する人々ですから、これらの人たちの多くは結婚をしていて、子どもがいます。ほとんどセックスがなかったことを裁判で元妻に暴露された人もいますが。

この騒動ではヴィルヘルム2世は直接の対象となっていないのですが、彼もまた同性愛者、あるいは両性愛者だった模様。実力者揃い、なおかつ数が多かったのですから、皆で揃って刑法175条を撤廃すればよかったのですが、上流であればあるほど、守らなければならないものがあるってもんです。

この10年後にはヴィルヘルム体制は終了し、ヴァイマル共和国が成立して、同性愛者にとっては夢のような時代がやってきます。

Wikipediaよりヴィルヘルム2世

 

 

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