ショル兄妹の神格化による弊害—バラの色は白だけではない[10]-(松沢呉一)
「インゲ・ショル著『白バラは散らず』が決定した流れ—バラの色は白だけではない[9]」の続きです。
ミヒャエル・プロープストの講演
ここまで書いてきたような「ショル兄妹の神格化・聖人化」「ショル兄妹の無条件の礼讃」「全体の無視、細部の無視」への批判は、当然のことながら、ドイツ人でも指摘している人たちはいます。
英文ですけど、この記事が示唆的です。クリストフ・プロープストの長男であるミヒャエル・プロープスト(Michael Probst)が1983年に行ったスピーチの再録です。
これだけでは正確にその意図を知ることはできないですが、白バラの英雄化、とくにショル兄妹の神格化に対して批判的であることがわかります。式典でのスピーチでここまで言うのですから、相当に腹に据えかねるものがあったのでしょう。
親族だからいよいよそう感じるのでしょうけど、ショル兄妹に比して、クリストフ・プロープストが不当に扱われていると。たんに認知されないという問題ではなく、否定的に見るムキがあるのです。
クルト・フーバー教授を除く5人の学生の中で、クリストフ・プロプストはちょっと距離があります。
ハンス・ショルとゾフィー・ショルとアレクサンダー・シュモレルは最初から最後までイケイケドンドン・チーム。ヴィリー・グラーフは最初は乗り気ではなかったのですが、東部戦線での惨状を見てからは積極的で、ビラの配布にも落書きにも参加。
その結果、彼らとプロープストとは距離ができてしまいます。彼は「白バラ通信」もビラも落書きも消極的で、会議には出ていても、ビラの作成や配布には関与していません。
「学生会社」(studentenkompanie)もハンス、シュモレル、ヴィリーとは違いました。当初私はこの学生会社というのがなんなのかわからず、彼らは学生で起業でもしていたのかと思っていたのですが、彼ら以外の人たちについても学生会社がよく出てきます。
ドイツの学生会社は時代によって意味合いが違うのですが、第二次世界大戦時においては大学生の管理をし、軍からの要請に応えて学生を送り込む役割を果たしていた会社です。学生による会社ではなく、学生を束ねる会社。
ミュンヘンには4社あって、学生はどこかの学生会社に所属しなければならず、第二学生会社には、ハンス・ショル、アレクサンダー・シュモレル、ヴィリー・グラーフ、フーベルト・フルトヴェングラー、ユルゲン・ヴィッテンシュタインらが所属していました。
同じ会社だと同じところに配属される可能性が高く、彼らが戦地でも一緒になっているのはそのためですし、同じ会社だと、配属部隊が違っても連絡をとりあってもよかったそうです。たまたまですが、プロープストだけ別だったのです。
※Hubert Furtwängler, Hans Scholl, Willie Graf and Alexander Schmorell on the Eastern Front (1942) 彼らは同じ学生会社なので、配属先も同じ。フーベルト・フルトヴェングラーは指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラーの甥です。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーもヒトラーやゲッペルスと真っ向から対立して、公的な地位から下ろされた人物です。フーベルト・フルトヴェングラーはあまり名前が出て来ないですが、彼も白バラのコア・メンバーです。彼は東部戦線であまりのむごたらしい現実を知ってグループに加わっていて、ミュンヘンに戻ってから、白バラの会議に出ているのですが、国家と対峙することには消極的で、ビラの配布には参加してません。なおかつ、逮捕されて、彼はすべてゲロったようでもあって、軽い刑で済んだらしい(詳細がわからない)。慎重なのはいいとして、仲間のことをゲロってはいけない。
プロープストの慎重さを全員が共有できていたなら…
イケイケドンドンの無警戒、不用意、軽卒の極みであるショル兄妹を礼讃したがる人たちにとってみると、プロープストはノリが悪い。
プロープストが洗礼を受けたのは処刑の直前ですから、キリスト教徒としても評価が低くなる。
しかも、彼は裁判で子どもがいることを理由に慈悲を求めていますし、妻の出産で自身が不安定になっていたと言い訳をしており、他のメンバーに比して潔くないとして、これも不評の理由になっているのでしょうけど、助かりたいと思うのは当たり前。命を粗末にするナチスを批判しているのに、潔く死ぬのが礼讃されるのはおかしいでしょ。特攻隊かよ。
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