松沢呉一のビバノン・ライフ

ルドルフ・ヘスの家族は収容所で行なわれていることを知らなかった?—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[2]-(松沢呉一)

あるドイツ人の生涯(Aus einem deutschen Leben)—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[1]」の続きです。

 

家族は本当に気づいていなかったのか?

 

vivanon_sentenceルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読んで、「えーっ、そうだったのか」と驚いたのは、ヘスには家族がいて、その家族は強制収容所の近くに住んでいたことです。絶滅収容所は秘密裏に進められていたことですし、なおかつ戦時ですから、家族はドイツ国内にいるのだとばかり思ってました。

大量殺人を指揮しながら、毎日その家に帰り、たまの休みには子どもと遊び、馬と戯れる。ヘスは馬が好きなのです。ドイツ人には馬好きが多いようです。ヒトラーは犬が好きであり、ヒムラーもそうだったはず。「動物が好きな人に悪い人はいない」なんてことは決してない。

ヘスは平然とその二重生活を続けていたのではなくて、家にいても、収容所のことが思い出されて、家庭の空気の中にいられなくなって家を飛び出すことがしばしばで、逆にガス室にユダヤ人を送り込む際に、家族のことが思い出されてしまって苦悩しています。これは収容所に勤務する既婚者たちが共通に体験していると書いています。

手記には家にいる様子はさほど出てこず、妻や子どもの姿もほとんど見えてこないのですが、「あるドイツ人の生涯」(Aus einem deutschen Leben)では、そのふたつの面が同時進行していることの奇妙さが表現されています。しかし、そのバランスが葛藤や混乱をヘスの中に生じさせていたことまでは見えない。よって、この葛藤や混乱をどう抑えつけているのかもわかりませんが、映画でも狂っていない部分を維持し続けていることの狂気だけはわかります。

この映画の中で、おそらく妻がユダヤ人を虐殺していることに気づいてヘス(ランク)を問いつめているらしきシーンがあります。

手記にはこんなことは書かれておらず、家族は知らなかったことになっているのですが、それを読んだ時に、「ホントかな」と思いました。この映画のような瞬間がおそらくあったはずで、このシーンは、ただの想像ではなく、なにかしらの根拠があるのかもしれない。家族の証言とか。

 

 

だだ漏れだった収容所の情報

 

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手記の中で、アウシュヴィツの情報はだだ漏れしていたことに触れています。収容者は各所で強制労働をさせられ、労働先には一般の工場もありました。安く使える労働力を必要とする企業が、アウシュヴィッツ収容所の近くには建られていたのです。

そこには収容者以外の工員も働いていて、それを管理する人たちもいる。そういうところから情報が漏れる。会社側が収容所の現実を知らなかったはずはないでしょう。

あるいは親衛隊員が漏らすという話もヘスは書いています。漏らすと処罰されることになっていても、酒が入って気がゆるむと話してしまうのがどうしても出てきます。そりゃそうでしょう。自分の中に溜め込んでおける話ではない。「絶対言うなよ」という前置つきで言いますよ。

さらには常時、遺体を焼く煙が出ていることから周辺の人たちは気づく。強制収容所や工場に伴って移住してきたドイツ人も周辺には多く、ユダヤ人を嫌うポーランド人も多かったため、気づいてもどうとも思わず。脱走したユダヤ人を捕まえて収容所に引き渡したのは彼らであって、脱走に成功するのは極々一部でしたが、彼らも自身の体験を話す。

ユダヤ人の最終解決が実施されて以降の絶滅収容所では、脱走する以外に外に出られることはまずなかったわけですが、ユダヤ人以外では釈放されるのもいて、ここからも漏れる。

ヘスの家ではエホバの証人の収容者を召使いとして使用してました。映画でもそのシーンが出てきます。ユダヤ人に比べると、外に出られる可能性はあって、その秘密を漏らしたところで信仰には反しないでしょうから、外に出られたあとで言うのがいたとしてもおかしくはない。

 

 

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