松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチスに抵抗した人たちがベルゼン裁判の被告になった—収容所内の愛と性[7]-(松沢呉一)

弾薬工場勤務を拒否して5年間強制収容所に入れられた人が懲役10年になった裁判—収容所内の愛と性[6]」の続きです。

 

 

イルゼ・ローテの場合

 

vivanon_sentence前回のヒルデ・ローバウワーと似た境遇の人がいます。イルゼ・ローテです。「美しきサディスト? イルマ・グレーゼ—収容所内の愛と性[3]」で見た裁判の写真で、イルマ・グレーゼの隣にいた男みたいに見える人です。

イルゼ・ローテは1914年生。裁判時、31歳、独身。1939年、彼女もまた靴工場から弾薬工場への異動を命じられて拒否し、ラーフェンスブリュック強制収容所に入れられています。

そんなことを聞かれていないから話していないだけなのでしょうが、どうせこの裁判では裏取りなんてしないですから、彼女も反ナチスだったためだと主張すればよかったのです。事実、その可能性は高いわけですし。しかし、そんなことはしてません。正直者としか思えない(取り調べの際にその説明をしているのに、調書に残されなかった可能性も大です。この裁判では被告たちを悪者に見せたかったはずですから)。

1943年6月からアウシュヴィッツ強制収容所に移され、翌年の2月から12月までカポでした。

1945年に入って再びラーフェンスブリュックに移り、4週間でベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られ、ここでまたカポになってます。この時は20日間だけです。

彼女も暴行したことと、選別に関与したことが容疑ですが、判決は無罪です。ヒルデ・ローバウアーが懲役10年だったのに対して、イルゼ・ローテが無罪だった理由がまったくわかりません。ヒルデ・ローバウアーは見た目が怖いってことくらいしか差がない。実際、そんな理由で判決が決められていたのではないかと疑えるくらいに杜撰です。

イルマ・グレーゼが処刑されたのは彼女はその美貌で注目され、残虐性がフレームアップされ、処刑しないと世論が納得しなかったのではないかと推測できます。これも見た目。

イルゼ・ローテに関する他の収容者からの証言の中に、イルマ・グレーゼとイルゼ・ローテが行動をともにしていた、つまり、イルゼ・ローテもまた残虐だったと思わせるものがあるのですが、イルゼ・ローテは「イルマ・グレーゼを見たことはあるが、一緒に仕事をしたことはない」と完全否定しています。これが本当だとすると、証言した収容者たちが正確に人を認識できていたのかどうかさえ怪しくなってきます。

イルゼ・ローテは、犬で収容者を虐待していたイルマ・グレーゼの疑惑についても、イルマ・グレーゼが犬を連れているのを見たことがないと言ってます。見たという人もいるのは事実なのですが、それとて連れていたところを見たってだけですから、虐待に使ったかどうかは別問題。

全般的にイルゼ・ローテの証言は信憑性があります。カポは収容者に毛が生えたようなものです。たしか看守は収容者と必要最低限以上の会話をしてはいけないことになっていたはずです。人として扱うようになるのは不都合ですから。看守とともに行動をすることはそうはなかったはずなのです。カポとは別に通訳やオーケストラ員などの役割を与えられた収容者の方がずっと看守や親衛隊員との距離が近かったのではなかろうか。

Ilse Lothe

 

 

カポの実情

 

vivanon_sentenceカポ経験のあるヒルデ・ローバウワーとイルゼ・ローテの二人の証言は通じ合うところがあります。二人の証言を互いに補完して、その正しさを推測させるのです。これはこの二人だけでなく、程度の違い、細部の違いはありつつ、カポだった被告たちにおおむね通じます。

私は裁判記録を読むまで誤解をしていたのですが、カポは制度としてはよく言われるほどの特権はありませんでした。ヒルデ・ローバウワーもイルゼ・ローテも短期のカポを経験しています。これはただの班長みたいなものであり、一度なったからと言って永続的な身分ではなかったことがわかります・

イルゼ・ローテはカポの方が看守からの懲罰を受けやすかったと言っていて、彼女自身、懲罰を受けてます。通常、棒で25回殴られる。これを3度経験していて、一度は手紙をこっそり出したこと(違反だとは言え、可能だったことに驚きます)、一度はベッドの板を燃やしたこと(おそらく寒さしのぎ)、一度は煙草と食糧をちょろまかしたことです。

食糧は一般の収容者と同じだったと言ってます。1日にスープ1リットルとパン一切れが昼と夜に分けて出るだけ。しかし、食糧や煙草の配給に関わるので、カポはちょろまかすチャンスがありました。どの程度これをやったのかは人によりけりですし、これもバレると懲罰の対象です。

 

 

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