松沢呉一のビバノン・ライフ

磯村春子著『今の女』で知る大正初期の女たち—女言葉の一世紀 150-(松沢呉一)

林田亀太郎が娘に宛てた「嫁の心得」—女言葉の一世紀 149」の続きです。

 

 

 

磯村春子著『今の女』より

 

vivanon_sentence新聞記者だった磯村春子が書いた『今の女』(1913/大正2年)の前半では、この時代を象徴するさまざまな女たちにインタビューをしていて、有名無名を織り交ぜつつ、新旧を織り交ぜつつ、女が脚光を浴びるようになった時代を感じ取ることができる内容になってます。

後半は結婚媒介所、桂庵(職業紹介所)、監獄、印刷局、帝劇の大部屋、日本女子大学、小石川養育院など、「今時の女」に関わる探訪(ルポ)になっているのですが、どちらかと言えば社会の底辺に重きがあって、この時代によくあった裏面・暗黒面ものの趣です。

それぞれ文章も短くて、軽めの内容ではあるのですが、後半も読ませます。当時も面白かったでしょうが、時間が経った分、時代を読み込むことができるため、いよいよ面白い読みが可能です。

前半と後半は別々に書かれた新聞連載だろうと思います。原稿が足りなかったので、両者を合わせたのではなかろうか。

この本の文章は女の記者が書いているわりに乱暴に思えるかもしれない。

たとえば以下は貧乏長屋が並ぶ万年町を探訪した「万年町の夕」と題された章の一節。

 

闇に消えた、五人の姿を、見送った記者の眼は、忽ち、怪しむべき脂粉を装ふ女連に、止まった夜目にもしるき厚化粧に、年甲斐もなき若作り。

「この辺の女?」

と、尋ねて見れば、忽ち、千束町通勤の、夜の女と知れた。

万年町の草分け、と界隈から敬はれて居る、八百屋のお婆さんの、店先に腰を下して、棟割長屋の、混雑の態を、眺めながら、お婆さんの、興味ある談話に、耳を傾けた。

 

 

これは記者が八百屋の店先で、おそらく初対面の八百屋のお婆さんと交わした会話を原稿にしたもので、他より長いので、磯村春子としてもこの取材が面白かったのではなかろうか。

この辺の女?」と聞いているのは磯村春子です。

新聞記者をやっているくらいで、磯村春子も女学校を出てますが(付録として「婦人記者の十年」という回顧録が掲載されていて、宮城女学校を出たあと日本女子大学、津田英学塾で学んだとあります。なお、国会図書館所蔵本は最後の数ページが欠落しているため、全部は読めません)、新聞記者としてはお嬢様言葉を使っている場合ではありませんし、もともとそういう意識が薄い人で、女扱いに反発した旨が付録に書かれています。

とりわけこういう取材での丁寧すぎる言葉は敬遠されますから、あえて長家の人たちに合わせたのかもしれないですが、おそらく普段の言葉遣いです。

この頃でも「女性」という言葉は使用されていて、とくに平塚らいてうら婦人運動の人たちが好んで使ってましたが、一般には「女」です。この本でも時々「女性」を使ってますが、タイトルにもあるように、もっぱら「女」です。平塚らいてうはお嬢様育ちですから原稿でも丁寧な言葉を自然と使っていたのかもしれないし、何かと叩かれる立場でしたから、言葉の印象を和らげていたようにも思えます。そのわりに平塚らいてうはきっついことを書いてますが。

戦後になっても「男」「女」と書いているものが多く、「男性」「女性」と書くのが一般的になったのは、高度成長期あるいはそれ以降のことで、両者を対にして使うのではなく、「男/女性」とアンバランスな使い方をすることを不自然だと思わない人が増えたのはここ30年くらいのことではなかろうか(これについては「女子の用法」シリーズを参照のこと)。

NHKのサイトより磯村春子をモデルにした連続テレビ小説「はね駒」のダイジェスト。磯村春子役は斉藤由貴。

 

 

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