松沢呉一のビバノン・ライフ

虚と実・正と邪との間を揺れる—200回収容所から脱出したと語る元英軍兵(たぶん虚言)[下]-(松沢呉一)

戦争の思い出話は当てにならない—200回収容所から脱出したと語る元英軍兵(たぶん虚言)[中]」の続きです。

 

 

戦争の記憶のウソ・ハッタリ

 

vivanon_sentence「大学生の4人に1人が太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない」というエピソードの危うさ」で取り上げた「フライデー」掲載の半藤一利インタビューで語られていた通り、戦中の思い出話は信用ならんです。あのシリーズでは、別の箇所を検証することになってしまいましたが、私があのインタビューでもっとも納得したのは以下の部分です。

 

 

旧軍人って、嘘をつくんですよ。もちろん誠実な人もいましたが、それ以上に、他人の話を自分のことのように話す奴、自己弁明する奴が山ほどいた。初めのうちは私も本当のことだと思って全部鵜呑(うの)みにしていたんです。ところが、だんだん取材を重ねていくうち、他の証言や記録とかから考えて、コイツがその日時にその戦線にいたはずない、ということがわかってくるようになった。それを指摘すると激高するんですよ。お前みたいな戦争を知らない若造に何がわかる! ってね。それで言い返すようになった。

『あんたはそう言うけど、本当は最前線に出ないで南の島の基地にいただけじゃないか。そのころ俺たちは本土空襲で焼夷弾を山ほど浴びて、死ぬ思いをしたんだ!』。そう言わざるをえなくなった。

戦争の話は、本当にこちらが勉強して、かなりの知識を詰め込んでから対峙しないと危ない。本人が言っているんだから間違いない、なんてことはないんですよ。誰だって自分を守りたい。それを忘れちゃいけません。

 

 

軍人だけじゃなくウソをつく。知らなかったはずがない人たちまで「ホロコーストを知らなかった」とウソをつく。戦争に全力で協力してきた矯風会がしらじらしくも「戦争に反対できなかった」とごまかす。軍人は自分を守るためだけじゃなく、いかに自分が戦争で活躍したのかと話を膨らませる。

戦争の思い出だけじゃなく、思い出話一般にこういったウソやハッタリはつきもので、歳をとると記憶が曖昧になったり、都合の悪いことは消去されたり、捏造した記憶を繰り返しているうちに自分でも信じてしまったりするものです。高井としをもその例でしょう。あれは本をまとめた人間たちに大きな責任があると思いますが。

とりわけ戦争について、ハッタリをかますタイプの年寄りが語る時は、「若いヤツにはウソを見抜けないだろう」「戦友はみんな死んだから確かめようがないだろう」とばかりにハッタリが倍加するのだろうと思います。国のために闘ったり、捕虜になったり、空襲で焼け出されたり、家族を失ったりした人たちに「それはおかしい」と指摘しにくいこともあって、ウソがまかり通ってしまいます。

ホレス・グリーズリーもそういう人だったのだと断定していいと思います。彼の著書が出たのは2013年です。ポール・ブリックヒルら、収容所の生存者もあらかた死んでいて、もう大丈夫と思ったんじゃなかろうか。

Jonathan F. VanceThe True Story of the Great Escape: Stalag Luft III, March 1944』は歴史学者が「大脱走」を改めてた辿ったもののよう。2019年発行

 

 

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