学外での差別発言だけで解雇することは不当—懲戒の基準[41]-(松沢呉一)
「大澤昇平に対する東大の懲戒解雇処分—懲戒の基準[40]」の続きです。
「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当か
要点だけをまとめたつもりですが、それで十分長くて細かいですので、読むのが面倒な人は「5項目にわたるTwitterでの発言を合わせて大澤昇平を懲戒処分としたのは妥当。しかし、差別発言はそれだけでは懲戒解雇にすることは相当に困難であり、もし裁判になったら高い確率で負けるだろう」という結論だけ理解しておいていただければよろしいかと存じます。疑問点があったら以下をお読み下さい。私もそれほど自信があるわけではなく、「さらに調べる」「別の論理を組み立てる」余地は十分にあります。
「懲戒処分の公表について」で「認定された事実」のうち、2と3は、「社会的評価を低下させる」とされていて、これは東京大学教職員就業規則に定められた懲戒事由の5号「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当します。これはスムーズです。
1と4と5についてはどの事由に該当するかが明記されていません。4と5は個人対象ですけど、やはり5号でしょうか。
あるいは8号の「その他この規則及び大学法人の諸規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為」に該当する可能性がありそうですが、差別発言については該当する規則が見つけられませんでした。大学が公表しなければならない規程は法で定められていて、それ以外については各大学の判断なので、存在している可能性はなおありながら、純然たる学外でなされた発言、かつ学外について述べた内容である1に関わる規則は存在しないのではないか。
倫理規程に抵触しそうなのですが、東京大学教職員倫理規程にも差別発言に対する規定は存在せず、そもそもこの倫理規程は「教職員の職務に係る倫理の保持」が目的です。「不当な差別的取扱い」という文言がありますが、これも「職務の執行」に限定されていて、たとえば建設や備品などの業者は、公正に選定され、公平に扱わなければならないことを意味しています。
また、「教職員は、勤務時間外においても、自らの行動が本学の信用に影響を与えることを常に認識して行動しなければならない」という規定がありますが、この倫理規程の趣旨からして、公務員の倫理規程同様、特定業者との癒着を防ぎ、あるいはそう疑われることを防ぐものであり、学外での行動に広く適用されるものではないと読めます。
※Googleマップより、東大本郷三四郎池。ヘビがおります。もっと東大らしい図版を出せばいいのですが、私は東京をヘビと銭湯で把握しているものですから。
「名誉又は信用を傷つけた」は相当重大なケースにしか適用できない
学外でなされた学外についての発言までを対象とする規定がおそらくないのは当然と言えば当然で、大学と無関係な学外での言動を縛る規則は作りにくいのだと思います。
よって大澤昇平の差別発言も、懲戒事由の5号に該当するという判断ではなかろうか。「名誉又は信用を傷つけた」はたんなる印象ではなく、客観的な判断が必要であり、最高裁でも「会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」という判例が出ています。それが懲戒事由5号の「著しく」という文言になってます。これとて安易に適用はできないのです。適用しようとすれば裁判で負けます。
「名誉又は信用を傷つけた」を軽度なもの、主観的なものまで拡大すると、私生活のあらゆる行動が懲戒の対象になります。
極端な話、「ゴミ出しのルールを守らない」「町内会の仕事をしない」「歩き煙草をしている」「酔っぱらって千鳥足で歩いている」「夫婦喧嘩をよくやっている」なんてことでも、近隣の人たちは「大学の先生なのに」と言い出しそうですし、「東京大学を見損なった」と感じる人だっているでしょう。さらには大学に対して、「ゴミ出しのルールを守らせろ」と通報するのもいるかもしれない。
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