松沢呉一のビバノン・ライフ

なぜ中国ではトイレットペーパーの買い占めが起きないのか—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[11]-(松沢呉一)

香港・台湾・シンガポール、そして日本—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[10]」の続きです。

 

 

 

トイレットペーパーの買い占めが起きた国、起きなかった国

 

vivanon_sentenceトイレットペーパー騒動は人間の行動や心理を解き明かすには格好のテーマでありまして、「並ぶヤツらはバッカでえ」と笑うだけで終わらせる人たち、「デマが悪い」で終わらせる人たちには、これに対する的確な対策は考えることができないでしょう。

日本だけで考えると、「日本人は集団心理に陥りやすい」なんて解釈で終わってしまいかねないですが、今回はいくつもの国やエリアで起きていますから、それらと比較することで、くっきりとパニック時の人の行動が見えて、より普遍的な解釈が可能になります。

それと同時に、トイレットペーパーの買い占めが起きていない国もありますから、起きた国と起きなかった国を比較して(いまなお続いている国もあるので過去形ではないですが)、その差を突き止めることができれば、今回起きた国でも再発を防ぐ対策につなげることができます。

起きた国やエリアは香港、台湾、シンガポール、日本、オーストラリア、英国、米国、カナダ、インドネシア、タイなど。オランダ、イタリア、フランス、ドイツでも起きたという話が出ていますが、ヨーロッパではあまりに慌ただしい展開になったため、他のモロモロも店頭から消えていて、トイレットペーパーだけを取り上げて大きな話題にはなっていないように見えます。それでも「起きた国」です。

起きなかったのは中国と韓国です。小規模なものはあったかもしれないですが、はっきり「あった」としているものは見当たらない。

中国語は少しはわかるので、自動翻訳を使い、わからないところは単語単位で調べていけば過不足なく理解できるのですが、韓国語はわからないので、ここでは「起きなかった国」を中国に絞ります。韓国語がわかる人たちは韓国をサンプルにするといい。

中国では食料品の買い占め、マスクの買い占めは加熱したのですから、「中国人はどんな時でも平常心を保ち、パニックになりにくいのが国民性」なんて話では全然ない。のちほど見ていくように、このことは別のことでも明らかです。

買い占めが起きた国と中国を比較すると同時に、中国で買い占めが起きた物と起きなかった物とを比較すると答えが出てきそうです。

※2020年3月3日付「The Jakarta Post

 

 

「なぜ外国人は衛生紙を手にしたのか」という中国の問い

 

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中国でもこのことはテーマになっています。下に出したSSは、2020年3月8日付「上現新聞」です。

タイトルの「为什么外国人都在抢购卫生纸?」は「どうして外国人はトイレットペーパーを手にするのか?」といった意味。中国語でトイレットペーパーは「衛生紙」なのですね。

「なぜトイレットペーパーか」という疑問に対して、「トイレットペーパーは清潔さの象徴だから」といった心理的分析をしている人たちがいます。

中国の記事でもそう書かれているものがあって、日本でトイレットペーパーの買い占めがあったのは、日本人が異常に潔癖だからだとしていました。

ウイルスに対抗できるイメージです。だからそれで身辺を固めたい。なくなると無防備になってウイルスに襲われる恐怖にかられるってわけです。

衛生紙という名称はまさにそのイメージでしょう。しかし、その中国ではトイレットペーパーの買い占めが起きておらず、同じく衛生紙の香港や台湾では起きているのですから、その解釈は怪しい。

日本ではオイルショックの時にもトイレットペーパー買い占め騒動がありましたし、ベネズエラでもトイレットペーパーに殺到したという報道が出ていますが、これはコロナウイルスとは関係がないっぽい。つまり、衛生云々とは関係のない理由でも起きます。

そもそもトイレットペーパーが清潔さの象徴という見方自体、怪しい。ティッシュペーパーが見当たらない時に、トイレットペーパーで鼻をかむこともありますが、ウンコを拭くことが多い紙のため、いくらかの抵抗が生じます。トイレットペーパーをキッチンタオル代わりにするのは抵抗ないですか? 国によってはメシを食う時のナプキン代わりにトイレットペーパーが出てきそうですけど。病院や歯科医で鼻をかんだり、口元を拭うティッシュペーパーの代わりにトイレットペーパーが置かれていたら抵抗ないですか? 不潔なはずはないですが、そこまで清潔ってイメージでもなく、私はこの説を採用しません。

 

 

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