松沢呉一のビバノン・ライフ

エチオピアを引き上げてブルガリアに帰国します—エチオピアについて知りたかったこと[5](最終回)-(松沢呉一)

法律的にも文化的にも宗教的にも同性愛が許されない国—エチオピアについて知りたかったこと[4]」の続きです。

 

 

 

エチオピアで日本人は石を投げられる存在に

 

vivanon_sentenceエチオピアで日本人3名、英国人名の感染が見つかって、外国人、なかでもアジア系外国人、なかでも日本人への風当たりが強くなり、石を投げられるなどしているようです。

 

 

2020年3月20日付「AFP BBニュース」より。この人物が前回出てきたアビィ・アハメド首相

 

 

陽性が判明した3名はいずれも国際協力機構(JICA)の関係者ですから、フラフラ旅をしていたわけではありません。アフリカ諸国のために尽力してきた人たち。

昨日の段階で感染者は11名まで増えています。詳細がわからないですが、国内感染が始まっているかもしれず、これが日本人によって持ち込まれたものから始まったとすると、当面バッシングは収まりそうにない。

理不尽ですが、エチオピアでは、同性愛者はずーっとそういう扱いです。そのことも想像しておきたい。

 

 

どう考えるべきか

 

vivanon_sentenceやはりエチオピアのホモフォビアは強烈で、レゲエのホモフォビアはエチオピア・ルーツだと思って間違いなさそうです。

同性愛禁止法を撤廃した国はアフリカ大陸でもっともホモフォビアがゆるい方の国で、それでもなお嫌悪はいたるところに残っているはず。まして、今なお法が残っている国での嫌悪は強烈に強く、「法はあるけど、運用はされない」なんて甘いことはなくて、まだまだエチオピアで法が撤廃される日は来そうにありません。国内で法を撤廃する活動さえできない。やれば命を危険に晒す。

「そういう国もあるだろさ」とは思ってましたが、その現実を強く実感して、それからずっと気分がどんよりしています。おそらくこれがあの大陸の標準だろうと思います。

私は「どんより」で済みますが、もし私が同性愛者で、ある国の文化が大好きなのに、その国の人たちの多数は自分のことを「死ね」と思っていることを知ったらダメージ受けます。

知らなければいいかもしれないけれど、知ってしまうと困るなあ。ただ音楽を聴いて「面白い」「カッコいい」で終れない自分の性格が恨めしい。

すべての人がそうであるわけはなくて、そうと決めつけるのもまた差別的ですが、マスターも彼もそこに疑問はなさそうでした。そうである自国に自信満々の様子です。

「だから、エチオピア人とはつき合えない」ということになると、アフリカの人たち、中東の人たちとはつき合えないってことにもなります。しかし、つきあわないと考え方を変えることもできない。

Double-Sided Gospel Leaf 14世紀前半のティグレ地方のもの。かつてのアクスム王国であり、ティグレ人の支配地域ですが、ティグレ人はアムハラ人以上にエチオピア正教の信徒が多く、これもキリスト教の福音画。民族間の確執があったところで、主要民族では同性愛否定がデフォルトだと思われます。

 

 

文化と作品と人

 

vivanon_sentence「ホモは死ね」と思っていても、それを表現していない限りはわからんことであり、作品は作品と割切ることもできますが、歌にまでそれが表現されているとしたら、さすがに私は能天気に推奨はできない。

ナチス政権時代に世に出た表現物でも、「なんらナチスと関わりのない表現」「そのことが読み取れないながら作り手がナチス支持者による表現」「ナチスを支持することが読み取れる表現」は、それぞれに扱いや評価は違います。

 

 

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