松沢呉一のビバノン・ライフ

スペイン風邪のマスクは現在にどう影響しているか—マスク・ファシズム[付録 5](最終回)-(松沢呉一)

サンフランシスコのマスク強制に立ち上がったアンチ・マスク・リーグ—マスク・ファシズム[付録 4]」の続きです。

 

 

 

米国ではこれ以降マスクをしなくなった

 

vivanon_sentence不思議なことに、スペイン風邪以降、米国ではマスクをする人がほとんどいなくなります。マスクを強制されたことが、ネガティブな記憶となったからかもしれないのですが、義務化された都市は一部ですから、全体がそうなるのは筋が通らない。

また、ヨーロッパでは義務化までは至らず、現にマスクする人は少なかったのですから、ヨーロッパの人たちもその後マスクをしない説明ができません。強制された記憶による忌避ってことではなさそうです。

とすると戦争とともに葬られたのかもしれない。前回書いたように、ガーゼマスクは防毒マスクのようなものとして認識されていた可能性があります。ぼんやりとではあれ。

日本でも学校や軍隊では義務化されていたらしきことを確認しましたが、それ以降もマスクが定着したのは、第一次世界体験は米国以上に局地的かつ小規模な戦闘しか体験していないので、戦争とイメージが直結しなかったからと思えなくはない。

Wikipediaより

 

 

日本でどの程度マスクを使用していたのかは不明

 

vivanon_sentence改めて探してみても、スペイン風邪の対策として、マスクをしている日本の写真がほとんど見つからない。あっても女学生集団。上の写真もそうです。

以下は1919年にYWCAが撮影したものです。

 

 

スピードを調整して、より自然な動画もアップされていますが、短縮時間ヴァージョンでチェックしました。

1919年は、小康期はあるにせよ、ほぼ年間通してスペイン風邪が流行していましたから、マスクの習慣があったなら、どこかに映っているはずです。この映像は改めて「はい、撮りますよ。マスクを外してください」という状況で撮ったものではないでしょう。

しかし、子どもも学生集団もマスクはしてません。

頰被りをしている人たちはいて、その延長で口を覆っているのはいます。

 

 

 

 

これは埃除けでしょう。

日光や北海道など、観光地が多いとは言え、皇居が映っているように東京風景も入っています。

1919は完成した年であり、撮影はもっと前かもしれないですが、前年だとしても後半はスペイン風邪の流行期です。他にも写真が見つからないことからして、広く一般にはマスクはしていなかったのではなかろうか。

それにしてもこれは貴重。とくにアイヌ。ただし、誤植があって、AINUSが ANUSになっているところがあります。それは別物。気づけよ、YWCA。

 

 

 

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