松沢呉一のビバノン・ライフ

トイチのマチ金に手を出すのは案外真面目なタイプ—性風俗で働かせる金融業者はまだしも良心的かもしれないと思った話[上]-[ビバノン循環湯 568] (松沢呉一)

20年くらい前にたぶん風俗雑誌の連載に書いたものだと思います。

図版はナショナル・ギャラリー・オブ・アートから借りました。言うまでもなく、内容には直接関係ありません。

 

 

 

「風俗嬢=借金だらけ」という社会の見方

 

vivanon_sentenceある雑誌から、「借金で首の回らない風俗嬢はいないか」という問い合わせがあった。「いない」と答えて電話を切った。「風俗嬢=借金だらけ」という見方が腹立たしくて、協力する気になれなかったのだ。

どんな仕事をしていたって借金している人はいる。ローンで家を建てた人だって借金をしている。なのに、なぜ「風俗嬢」でなければならないかだ。哀れでバカな存在として取り上げたいのだろう。こういうステロタイプな見方をなぞる記事は失敗はない。読者も疑問なく受け入れるのだろう。しかし、面白くもないし、この社会をきれいに反映してもいない。

そりゃ、借金がある風俗嬢はゴロゴロいる。ホストにはまって借金を作り、その果てに風俗嬢になったり、つきあっていた男が仕事をせず、自分の名義で借金して逃げられて風俗嬢になったり、ブランドもののバッグや服のローンがかさんで風俗嬢になったり。哀れではないけれど、バカな存在ではある。

あるいは、親の借金の肩代わりをして風俗嬢になったり、奨学金という名の借金返済のために風俗嬢になったりというタイプもいる。中には借金すること自体に依存しているのではないかと思われるケースもある。借金返済が生き甲斐みたいになっていて、せっかく返済したと思ったら生き甲斐をなくして、すぐにまた借金したりして。

同情すべき存在も、同情とは無縁の存在も確実にいるのだけれど、そうじゃないのもいっぱいいるんだから、「風俗嬢=借金だらけ」という一律の見方は偏見と言ってよく、その偏見を加速させるような記事に協力するわけにはいかない。

そういう前提を理解していただいた上で、たまにはそういう話も警告の意味で書いておくとしよう。

※Ernst Ludwig Kirchner「Nude

 

 

トイチのマチ金

 

vivanon_sentenceあるヘルスで店長とダベッていたら、人相も服装も話し方も怪しいオッサンがやってきた。店長は彼と雑談をしなから、金を渡している。

そのオッサンが帰ったあとに、「誰? あれ」と私は聞いた。

「ああ、トイチのマチ金ですよ。いい女のコが入って来ないので、最近紹介してもらっているんです」

念のために言っておくと、トイチというのは、10日で1割の利息がつく。10日で1万円の利息を支払わないと、元金が見る見る膨らんでいく。訴え出れば違法な利息を払わなくていいのだが、借金していることがバレたくないとの心理が働くし、たいていはどこにどう訴え出ればいいのかわかるまい。私もよくわからん。

借金がかさんだ女のコを紹介してもらい、週に一回まとめて店が金融業者に返済しているのである。なるほど怪しいわけだ。

店としては、スカウトマンと違って紹介料を払う必要はなく、雑誌と違って広告費もいらず、ただ女のコのギャラの中から天引きしてお金を返済していくだけでいい。金融業者としても、毎週確実に返済してもらえるから取りはぐれることはない。女のコとしても、店で働き続ける限りは着実に返済できる。

金融業者はもちろん問題あり、店にも問題がないとは言わないが、三者の利害は一致している。

※George Bellows「Nude with Red Hair

 

 

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