松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチスのプロバガンダに見る「被害者の強調」—「武漢肺炎」という言葉[6](最終回)-(松沢呉一)

加害者の責任をまるで無視して被害者ヅラする中国共産党—「武漢肺炎」という言葉[5]」の続きです。このシリーズは一回目の前半と最終回の後半以外はボツ記事を復活させたもので、昨年の夏から秋にかけて書いたものです。また、一部図版は今回改めてつけたものです。

 

 

ナチスのプロパガンダに見られる「被害者意識の誇張」

 

vivanon_sentence「被害者意識の強調」はナチスの根幹にある戦術です。計算でそうなったのではなく、血統もいい加減で美術家になれなかったヒトラーのコンプレックスや思うように仕事に就けないゲッベルスのコンプレックスなどが自然と招いただけかもしれないですが、その部分でヒトラーとゲッベルスは共振する関係にありました。自分らはもっと評価されるべきなのに評価されないとの思いです。

このことがナチスを貫く考え方となっていて、ドイツ国民もこれに共振をしました。

以下は米国のホロコースト記念博物館のホロコースト・エンサイクロペディアより、ナチスのプロパガンダについてまとめた「DECEIVING THE PUBLIC」(公衆を欺く)と題された項目より。

 

 

 

第二次世界大戦時全体を通して、ナチスのプロパガンダは、領土征服を目的とした軍事侵略を自己防衛の正義と必要性のある行為として装いました。彼らはドイツを外国の侵略者の犠牲者または潜在的な犠牲者として設定しました。平和を愛する国は、国民を保護したり、共産主義からヨーロッパ文明を守るために武装することを余儀なくされました。

 

 

後段は「という設定だった」という意味です。

ドイツは犠牲者、被害者であり、不当にその権利を侵害されているのだというのがヒトラーの考えでした。演説でもしばしばこの考えが滲みます。第一次世界大戦に負け、高額な賠償金をフランスに強いられ、今では共産主義の侵略に脅かされている。その背後にいるのがユダヤ人であるという物語であり、これに基いて、ドイツが戦争を望んでいるのでなく、戦争を望む国々から守るために戦争をするのだと国民を鼓吹していく。

第一次世界大戦後の驚異的なインフレ、失業、高い賠償金で喘ぐ国民は、自分が正当に評価されていないとの思いを高めていて、その鬱屈した思いにヒトラーは解答を与えました。ユダヤ人さえいなければドイツはもっと広大な土地を支配し、豊かな資源を得て、国民の高い能力は正当に活かされて、裕福になっていたはずだと。

自民族の優秀さとそれを嫉妬し妨害する勢力との対比を誇張して、ユダヤ人への憎悪で国民は力を合わせてユダヤ人たちを連行し、虐殺をしたわけです(どう殺されているのかはともあれ、連行については100パーセントの国民が知っていたし、少なからぬ人が協力した)。

 

 

家畜に相応しいポーランド人に差別されたことがドイツ国民は許せなかった

 

vivanon_sentenceまた、この手法はポーランド人に対しても用いられました。

以下は同じくホロコースト記念博物館のホロコースト・エンサイクロペディア「DECEIVING THE PUBLIC」より。

 

1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻の前に、ナチス政権は、少数のドイツ人が望んでいた戦争に対する国民の支持を構築するための積極的なメディアキャンペーンを開始しました。侵略を道徳的に正当な防御行動として提示するために、ドイツのマスコミは「ポーランドの残虐行為」を報じました。ここでは、ポーランドに住むドイツ人に対して実際になされた、または申し立てられた差別と身体的暴力に言及しています。

 

これは有効で、もともとのポーランド人、スラブ人に対する蔑視と相まって、あの野蛮なポーランド人によってドイツ民族の同胞が虐げられていると怒りを高めたドイツ国民は多く、これがポーランド侵攻後のポーランド人の虐殺(ユダヤ人ではなく)や支配を正当化していきます。

 

 

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