松沢呉一のビバノン・ライフ

悪いのは親衛隊で、突撃隊は悪くないという逃げ道—独裁者ヒトラーの時代を生きる[3]-(松沢呉一)

正義と平和のための戦争—独裁者ヒトラーの時代を生きる[2]」の続きです。

 

 

 

父親は突撃隊だったから悪くない

 

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時間が経つと、ごまかしが洗練されてきて、粗が出にくくなることもあるでしょうが、逆に誰も突っ込まなくなるため、ごまかしに加速がついて、突っ込む気満々の人にとっては黙過できない矛盾が露わになることもありそうです。

1930年、ヒトラーの別荘があったベルヒテスガーデンに生まれ、今なおその地に住んでいるルートヴィッヒ・シュレアーさんは、言葉の端々にヒトラーを崇拜していた時代の残滓が見てとれる人物です。

演説は聴いていないようですが、車で通るヒトラーにナチス式敬礼をしている写真を後生大事にしていて、別荘から姿を見せるヒトラーのことも記憶しています。

父親は熱心なナチス支持者であり、突撃隊の隊員でした。戦争になって東部戦線に送られて米軍の捕虜となり、裁判にかけられて鉱山で一年間の苦役を強いられます。

シュレアーさんはこれを不服に思っています。彼はこう言っています。

 

私の父が所属していたのはSA(突撃隊)であって、SS(親衛隊)ではありません。

 

だから罪ではなく、法廷で裁かれたのは不当だと言っています。

「えっ?」って話です。著者もここはしつこく聞いていますが、シュレアーさんは考えを変えません。

たしかに強制収容所は親衛隊の管轄でしたが、ユダヤ人迫害の大きな転機となった水晶の夜は親衛隊の主導です。

レームが粛清されたために突撃隊は力を失って、その分、親衛隊が勢力を伸ばしていきますが、初期においては突撃隊の勢いがあったため、どこの段階で入隊したのか、その地域では誰が力をもっていて、誰が誘ったのかにも大きく左右されます。ほとんどの人にとっては交換可能です。

その差に自分の父は間違っていなかったという肯定の逃げ道を用意しているのですが、この逃げ道は「総統がご存知だったら」という逃げ道と同じで、親衛隊以外のナチスを肯定する論理です。

 

 

無限に探せる自己欺瞞の道筋

 

vivanon_sentenceこのような逃げ道は無限に用意されています。親衛隊だとしても、「収容所の担当ではなかった」となるのですし、収容所の担当だったとしでも、「絶滅収容所ではなかった」となり、「絶滅収容所の担当だったとしても、「直接殺したことはない」となる。ユダヤ人をガス室に送り込んでいた係はユダヤ人の収容者ですから、ドイツ人は誰も悪くなくなる。

最後はニュルンベルク裁判の被告たちのように「命令だった」「やむを得なかった」というところに至ります。

この手法はナチスそのものとも言えます。ユダヤ人やスラブ人の悪い点をことさらに取り上げて積み重ねていく。「結論ありき」で、そこに合うものだけを拾っていくと極悪人であり、劣等民族になります。

逆に戦後はナチスに関わった人たちはすべて悪人という結論のもと、不当にドイツ人が迫害され、ドイツ兵の愛人になった女たちがフランス等で迫害され、収容所の親衛隊員は虐殺され看守やカポは不当に重い判決を受けた(のがいる)ということにもなりました。

したがって、シュレアーさんの父親が不当な扱いを受けた可能性もあるでしょうけど、それは「突撃隊なのに」ということではありえない。シュレアーさんは父親がどうしてそのような扱いを受けたのかを調べて、不当だったことをより説得力のある理由とともに主張すればよかったのです。

あるいはシュレアーさんは父親がそのような扱いを受けた理由を知っていたのではないか。地位の責任というのがあるので、突撃隊の中で高い地位にあったのではないかとも思います。しかし、都合が悪いことには触れない。

※「独裁者ヒトラー 演説の魔力」よりヒトラー首相就任を祝うたいまつ行列。これも突撃隊が中心

 

 

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